一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2016/06/14 No.33「猿年馬月」がやって来た

江原規由
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

暦の上で非常に珍しい「猿年馬月」がやって来た。今年の6月5日から7月3日までがその期間である。この「猿年馬月」は、俗語として、例えば、“今度ご馳走してくれるというけど、それは猿年馬月のこと?”とか、“猿年馬月には赤い糸で結ばれているという人に出会えるだろうか?” というように、「いつになるかわからない、首を長くして待っている」 ことを形容する際に使われている。

特に、ネット民の間では、“12年に1度しかやってこない千載一遇のチャンスがやって来た。これを見逃す手はない”と、「猿年馬月」が最もホットな話題となっているという。中国の若者たちも、「験担ぎをする」が好きだということがわかる。中国では、「猿年馬月」はいうに及ばず、こうした「縁起担ぎ」は、ビジネス活動や友人付合いには欠かせない。

新聞紙上でも、「猿年馬月」は花盛りだ。例えば、

○今日迎来 “猴年马月” ,赶紧说出你的愿望吧!(新華社 6月5日)
(今日、“猿年馬月”を迎える。さあ、あなたの望みを出そう!)

○“猴年马月”真的来了!看看会有哪些生活大事发生(中国経済網 6月7日 )
 (“猿年馬月”が本当にやって来た! 日常にどんな大事がおこるだろうか)

猿年馬月に、史上最も厳しい大学入試とは

ところで、今回の「猿年馬月」に起こった、起こる、起りそうな大事といえば、まず、6月7日、8日に実施された全国統一高考(大学受験)が上げられる。今年は、カンニングで服役者が出てから初の「高考」とあって、メディアは、おしなべて「史上最も厳しい大学入試」と報じている。

○「“史上最严”高考将临 多地部署严防大学生替考」(中国新聞網 6月5日)
(“史上最も厳しい”大学入試間近、全国関係部門、替え玉受験防止に厳しい対応)

中国には、隋から清まで約1300年間にわたり実施されていた難関中の難関とされた「科挙」(官吏<官僚>採用試験)があった。「科挙」を通れば、栄耀栄華の限りが尽くせたという。今の中国でも、試験の難度は別とし、情況的には似たものがある。一心不乱に、かつ、親の期待に応えるべく、受験地獄を経験した受験生にとって、何としても高得点を採りたいとの心理は、「挙子」(科挙に応じる資格を有する人)に通じるものがあるといえる。“魚心あれば水心あり”で、思わず、笑いたくなるような受験関連ビジネスも続々出てきている。

【幸福度の高い職業ランキングの変遷】
2012年:①一般公務員 ②官僚 ③教員
2013年:①教員 ②官僚 ③企業管理職
2014年:①官僚 ②企業管理職 ③教員
2015年:①自由業 ②教員 ③官僚
出所:人民網 2015年11月9日

ところで、科挙でカンニングをすると死刑となったが、当世の高考は最長7年の懲役刑が科せられる(2015年11月1日から施行されている《中華人民共和国刑法修正案(九)》が適用)。これまで、替え玉受験、入試問題漏えい、通信ツールによるカンニングなどなど、不正が少なくなかったという。今年、大学側は、例えば、受験生がトイレから戻ると、再度、持込禁止品を携帯していないか確認したあと、試験の続きをさせるなど、ぞっとするほどの超厳しいカンニングチェック体制を採っている。この辺の事情をうまく捉えたこんな新聞の見出しがある。

高考已不再是唯一选择:来高考?还是去留学?(人民日報海外版 6月6日)
(高考はもう唯一の選択肢ではない:高考?それとも 留学?)

筆者の答えは、“厳しすぎる「高考」で、今後、留学組”がさらに増える“である。

“今日、中国は、改革開放で何が変わったか”と問われたら、“受験現場の変容ぶり”もその回答の有力な選択肢の一つとなろう。

今年の「高考」の受験生は、940万人、果たして、中国の将来を担う彼ら彼女らのうち、何人が「猿年馬月」のチャンスをものにしたのであろうか。合否発表は6月22日。

今年の端午節からみた「猿年馬月」

まずは、端午節(日本の端午の節句)。中国と日本では期間が異なるが、中国では、今年(2016年)は6月6日から11日までが端午節休暇となっている。また、日本では、鯉のぼりを揚げ、中国では、粽を食べるが、子供が元気に育つことを祝うという点は共通だ。

今年は、一人っ子政策が廃止(2015年10月)されてから初の端午節である。粽を食べながら第二子を儲けるべきか、そんな思いを馳せた夫婦は少なくないはずだ。特に、猿年生まれは、聡明、活発、俊敏、相手の真意をよく思いやる、といわれ、かつ、有名な科学者や作家に多いとされる。猿年に子供を授かりたいとする夫婦は少なくない。これに、縁起のいい「猿年馬月」が重なったことから、今年は、「猴宝宝」(申年生まれの赤ちゃん)がさらに増えるとされている。

そんな傾向は、すでに、「月嫂」の御給金に垣間見ることが出来る。「月嫂」とは、産婦の食事を作り、哺乳方法を指導し、赤ちゃんの世話をする「産褥シッター」のことである。「月嫂」はどこでも引っ張りだこで、これまで出産前の数カ月前なら十分予約で確保できたが、今年は7か月以上必要とのこと。「月嫂」の御給金は、北京では、一般の月給水準を超える6800元から始まり、「金牌月嫂」(高級産褥シッター)ともなれば、3万元は下らないという。「猿年馬月」はとんだ「落とし子」を産んだものである。

サッカー欧州選手権に絡む「猿年馬月」のお話し

6月6日、蘇寧集団(江蘇省にある中国最大手家電量販チェーン)が、イタリアの名門サッカークラブであるインテル・ミラノを2.7億ユーロ(約330億円)で買収(インテル株の約70%を取得)すると発表、内外の注目を浴びた。蘇寧集団が、この買収でマジョリティを握るまで、インドネシア出身の実業家との間で紆余曲折があったが、6月6日に買収発表にこぎつけたとは、「猿年馬月」のご縁であろうか。

「猿年馬月」とサッカー欧州選手権のご縁は、蘇寧とインテル・ミラノばかりではない。「ダークホースの法則」がそれである。即ち、12年ごとに、ダークホース国が欧州選手権を手にするという。1968年はユーゴスラビア、1980年ベルギー、1992年デンマーク、2004年ギリシャという具合だ。ダークホース呼ばわりされた国はいい気持ちはしないだろうが、12年に1度という点で、「猿年馬月」にご縁があるというわけである。自国の伝統や風習に取り込んで、海外の出来事を論じる中国人が少なくないようである。中国には熱狂的サッカーファンが少なくない。蘇寧集団がイタリアのインテル・ミラノを買収したニュースがあったことから、例年にも増して、熱い視線が今年のヨーロッパ選手権に注がれるに違いない。

余談になるが、今年の欧州選手権では、ちょっとしたある中国要素が話題となった。中国を代表する総合家電メーカーの海信集団(ハイセンス)が初めて同選手権のスポンサーになり、同社の広告(海信電視 中国第一 ハイセンスTV 世界NO.1)が実況中の画面に大写しされたという。これまで、スポーツ競技などでは日本企業の広告が目立っていたが、今後は中国企業のプレゼンスが増えて来ることを、何やら暗示しているような一端を、欧州選手権に垣間見ることが出来る。

ところで、今年のヨーロッパ選手権の決勝戦は、7月10日である。「猿年馬月」は7月3日が最終日であるから、「ダークホースの法則」は当てはまらないということになる。

中国政府が、「猿年馬月」のご縁を期待し(?)、“首を長くして待っている”大事がある。市場経済国の認定を勝ち取ることである。WTOのルールによれば、2016年に、中国は自動的に市場経済国の地位を得ることになる。だが、米国とEU(そして、日本など)が、その認定に難色を示している。社会主義市場経済国を標榜し、世界第2位の経済大国となった中国が、未だに成人扱いされていないということである。中国は、「猿年馬月」期間中に、まず、米国、EUの認定を得て、晴れて、成人式を祝いたい心境であろう。

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