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コラム

2017/11/24 No.48国際的対面を保った中国と制裁圧力の口実を得た米国〜北朝鮮への習近平総書記特使の派遣の意義〜

宇佐美喜昭
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

中国共産党の宋濤・中央対外連絡部長が、11月17日から20日の日程で習近平総書記の特使として北朝鮮に派遣された。米中首脳会談直後のことであり、北朝鮮の核・弾道ミサイル問題解決の手掛かりとなるのか注目されたが、北朝鮮最高指導者との面談は報じられなかった。一方、中国はやるべきことをやっていることを国際社会にアピールができ、米国は北朝鮮への制裁圧力を強める口実を得た。中朝史に詳しい中国の学者は、朝鮮半島問題では米中協調派に勢いがあるという認識を示している。

中国共産党は5年に一度開催される党大会の閉会後に、海外の友党に特使を派遣し、党大会の結果について説明している。今回の習近平総書記の北朝鮮への特使派遣は、2017年10月半ばに開催された第19回党大会についての説明というのが名目となった。

特使となったのは宋濤・中央対外連絡部長だ。同様の名目で10月31日から11月3日の日程でベトナム、ラオスに特使として派遣されており、両国の最高指導者と面談し、国家主席としての習近平氏の11月の両国訪問の地ならしをした。

北朝鮮への派遣が遅れたのは、11月9日の米中首脳会談での北朝鮮問題の議論も踏まえるためと憶測されている。

宋濤部長は福建省国際信託投資公司で副総裁を勤めたのち、外交官に抜擢され、駐フィリピン大使などを務めた。中央対外連絡部長には2015年に就任した。党のポストだが閣僚級に相当し、格としては国務院の外交部長より上位にある。共産党員としては第19回党大会で中央委員に昇格したばかりだ。共産党中央対外連絡部長としての北朝鮮訪問は今回が初となる。

なお、宋濤部長は今年8月に来日して安倍総理を表敬している。11月にベトナム・ダナンで開催されたAPEC首脳会議での日中首脳会談の実現に向けた調整が目的だった。

凍てつく中朝関係、北朝鮮側に関係改善を図ろうとした動き

中国と北朝鮮との関係は、核・ミサイル開発問題で自制を求める中国側と、開発を強行する北朝鮮側との溝で関係が悪化している。2016年1月の「水爆」実験は中国側に事前通告もなく、習近平主席の怒りをかったとされる。

その直後、安全保障理事会決議で北朝鮮に禁止されている「人工衛星」の打ち上げ予定を国際機関に通告していた北朝鮮に対し、中国は2月2〜4日に武大偉・朝鮮問題特別代表を派遣し、中止を促すとともに、朝鮮労働党の金正恩委員長の訪中を提案した。

しかし北朝鮮はこの提案を一蹴し、2月7日に打ち上げを実施、何らかの飛翔体を極軌道で周回させることに成功した。

1月の「水爆」実験と2月の「衛星打ち上げ」を受け、国連・安全保障理事会は3月2日に、2013年以来となる対北朝鮮追加制裁案を決議し、北朝鮮への制裁を強めた。

中国、北朝鮮両国の立場の違いは明確だ。中国側は朝鮮半島の非核化を望んでいる。北朝鮮側は米国との対峙と朝鮮半島統一という国是の下、核兵器と運搬手段の確保を必須と考えている。北朝鮮側は、安全保障理事会で、米国主導の対北朝鮮制裁決議に中国が組みしていることを許しがたいとみなしている。

この後も北朝鮮は、米国に同調する中国、ロシアに苛立ちながらも、核・弾道ミサイル開発を続行した。習近平主席の面子をつぶすタイミングを計ったかのタイミングで実験を行ったこともある。

例えば2016年9月5日の弾道ミサイル発射時は、中国・杭州でG20が開催されていた。2017年4月4日の弾道ミサイル発射は4月6〜7日の米中首脳会談の直前だった。

同月、北朝鮮は6回目の核実験予定を中国に通告し、中国が実験を行えば中朝国境を封鎖すると返したことで、計画は延期されたとされる。前後して、朝鮮中央通信は国名を挙げないまでも中国を強く非難する記事を配信した。

さらに中国の人民日報系列の環球時報が北朝鮮の核・ミサイル開発への批判や核実験による中国領土の汚染懸念などを報じると、朝鮮中央通信は5月3日に中国を名指しで非難する論評を配信した。同社による中国名指し非難はこれが初めてとされる。

これに対し環球時報は、論戦には付き合わないとしつつ、次の核実験を強行すれば中国は前例のない厳しい対応を取ることを伝えれば十分という記事を電子版に掲載した。

こうした警告にもかかわらず、北朝鮮は5月14日、北京で開催された「一帯一路の国際会議」の初日に弾道ミサイルを発射した。この後も、弾道ミサイルの発射と国連制裁決議などをめぐり、双方が非難を繰り返した。

そして、9月3日、習近平主席がBRICS首脳会議のプレイベントである「BRICSビジネス論壇」での演説に臨む直前に、北朝鮮は6回目の核実験を強行した。中国外務省は同日、「断固 反対し、強烈に非難する」と声明を出した。

この後、中朝メディアの非難の応酬には、人民日報と朝鮮労働党機関紙の労働新聞も加わった。9月9日の北朝鮮の建国記念日の祝賀では、ロシアとキューバの首脳からのメッセージは披露されたものの、中国からのメッセージは披露されなかった。

9月12日に安全保障理事会は北朝鮮への追加制裁の決議を行った。中国政府はこれを厳格に実施するとし、北朝鮮との合弁企業の解散などの措置を関係先に通達した。

9月12日の安全保障理事会による決議

出所:外務省資料より作成。

これほど冷え込んだ中朝関係だが、朝鮮労働党の金正恩委員長は10月18日の第19回中国共産党大会の開幕に際し、習近平総書記宛に祝賀メッセージを送った。習近平総書記からの返信は、11月2日の労働新聞に全文が掲載された。

前回の党大会への祝辞の返信はこうした形では披露されておらず、北朝鮮側が関係改善に向けたシグナルを発したとみられる。

米中両国に好都合な結果となった総書記特使の派遣

米国が3隻の空母を朝鮮半島近辺に展開し、日本や韓国も交えて訓練を繰り返している最中の11月8日、トランプ大統領が北京空港に降り立った。中国側は「国事訪問」より上の待遇として接遇し、習近平主席との個人的関係構築を重視した。

翌9日に行われた首脳会談では、米国が中国に北朝鮮への一層の圧力を求めたのに対し、中国側は対話と協議による解決を図る点では譲らなかった。

しかしトランプ大統領はその点を受け入れた。北朝鮮は9月15日を最後に、核・弾道ミサイル実験を行っていない。中国側は、北朝鮮の変化について何らかの感触を得ていて、米国側に伝えたのかもしれない。

ただし、凍てついた中朝関係を鑑みると、宋濤部長が一度訪朝しただけで北朝鮮が核・弾道ミサイルの開発を止めるというのは楽観的過ぎるだろう。今回の訪問は、中国側は党レベルでの中国の意向を伝えるパイプを維持すること、北朝鮮側は米中連携に楔を打つことで、思惑が重なったというところではないだろうか。

変化を見せたプレーヤーがもう一人いる。9月の国連演説で北朝鮮に挑発的な言葉を浴びせたトランプ大統領だ。中国訪問直前に立ち寄った韓国の国会での演説では刺激的なトーンを少し和らげた。中国の直後に訪れたベトナムでは「彼(金正恩委員長)と友達になるため努力しよう。」という意味深なツイートをアップし、中国への配慮を見せた。

宋濤部長の派遣目的は大きく4つあったと推察される。一つ目は名目通り第19回中国共産党大会の結果を説明すること、二つ目は11月の米中首脳会談の北朝鮮をめぐる雰囲気を伝えること、三つ目は北朝鮮側の核・弾道ミサイル開発に関する方針・考え方を探ること、四つ目は党対外連絡部長として北朝鮮要人とのパイプを築くことだ。

宋濤部長は11月17日から4日間の予定で訪朝し、朝鮮労働党の幹部と会談した。が、最高指導者との直接面談をアレンジするほどには両党間の関係は修復していないという判断だろうか、結局、両国メディアは金正恩委員長と宋濤部長が面談したのか報じることなく、宋濤部長は帰国した。

もし最高指導者との面談が実現していなくても、中国側の意向は、朝鮮労働党幹部との会談を通じて伝わっているはずだ。また幹部との会談を通じて、現在の北朝鮮側の考え方もそれなりに把握したと考えられる。

ただ、北朝鮮側は朝鮮半島をめぐる現状を一つ見誤ったかもしれない。それは米中協調がより強固となりつつあることだ。

今回の宋濤部長の訪朝のタイミングは、米国議会による対北朝鮮テロ国家再指定決議の直後であり、トランプ大統領が再指定を判断するタイミングと重なった。

トランプ大統領は習近平総書記の特使の北朝鮮訪問が発表されると「大きな動きだ。何が起きるか見てみよう」とツイートしていたが、宋濤部長が帰国するやいなや、同日中に北朝鮮のテロ国家再指定を決定した。もし北朝鮮が宋濤部長に対し対米譲歩を伝えていれば、中国、米国ともその真意を測りかね、戸惑ったかもしれない。

結果として、中国は北朝鮮問題について精一杯対応していると国際社会にアピールすることができ、米国もまたテロ国家再指定において中国の動きも踏まえて慎重に判断したとアピールすることができた。

北朝鮮は米国によるテロ国家指定に大きく反発し、さらに強硬策に訴えるかもしれない。これに対し米国は制裁強化で応じ、中国は制裁を続けつつも対話の窓口維持で応じるだろう。

もはや中国を後ろ盾とする戦略を考えていない北朝鮮にとっては、米国によるテロ国家再指定は想定内だったろうが、米中協調が意外なほど堅固で緊密なことは想定外だったかもしれない。何れにしろ、中国は面子を保ち、米国は北朝鮮への圧力を強める口実を得た。

北朝鮮への対応、課題は米中間の戦略調整

さて、米国は制裁の効果を見つつも暫くは様子を見るだろう。中国も、ロシアを説得しつつ、北朝鮮に対話と協議への復帰の重要性を説くだろう。

ただ、米国と中国には思惑に差がある。先ず武力行使に向けての米国の時間軸は二つある。ひとつは武力行使をするならば北朝鮮の実用的な核兵器が米国本土に到達する能力確立の前でないといけないという核・弾道ミサイルの開発ペース、もう一つは、弾薬の備蓄と、湾岸戦争、イラク侵攻時並みに空母を6隻ないしそれ以上、朝鮮半島周辺に配置するための条件整備だ。それには中東情勢の安定が不可欠となる。

一方の中国は、話し合いで解決できるのであればもっと時間をかけてよいと考えている節がある。例え北朝鮮が交渉のテーブルにつかないまでも、核・弾道ミサイル実験が停止のままであれば、米国や国際社会の理解が得られる限り時間をかけるだろう。その間、中国も制裁を続け、密貿易の取り締まりも強化するはずだ。つまり、北朝鮮が新たな実験に踏み切らない限り米中協調は続けられる。

問題は北朝鮮が新たな実験に踏み切った時だ。この瞬間、米国と中国の間で時間軸にズレが生じる。しかしながら、次の理由から、米中両国はこれを見越して、すでにプランBの調整に入っていると筆者は推測する。

全国政治協商会議の常務委員を務める北京大学の賈慶国・国際関係学院院長は9月11日にEast Asia Forumに” Time to prepare for the worst in North Korea”のタイトルで、米中協調による北朝鮮の核管理を提言した。この後、中国国内では、米中協調派と反米派の学者間で激しい論争が起きた。

これについて、中朝関係史の権威で、同じく米中協調での北朝鮮問題解決を主張する華東師範大学の沈志華教授は、共同通信の岡田充・客員論説委員のインタビューに対して、まだ体制内に異論があることを認めつつも「(我々は)習近平主席の決断で勝利した」と述べている(ビジネス・インサイダー・ジャパン2017年11月17日)。

沈志華教授は、すでに中朝関係より中韓関係の方が政府間の往来が多く、中国は米国とも敵対関係にはないとしている。朝鮮半島問題では北朝鮮の側に立つより、韓国の側に立つ方が中国の国益に叶うとしている学者だ。

実際、韓国でのTHAADミサイル配備についての譲歩、米国大統領の訪中、日中首脳会談と中韓首脳会談の実現、12月の韓国大統領の訪中合意など、第19回共産党大会以降の習近平主席を中心に中国の外交を見ると、そうした大きな変化が感じられる。

沈志華教授は、核・弾道ミサイル問題の解決にあたり、米中に韓国を加えた3か国連携による朝鮮半島統一に踏み込んだシナリオを描いている。

北朝鮮の核・弾道ミサイル開発問題は、東アジアの限られた領域ながら、米中同盟という新たな歴史パラダイムを引き起こそうとしているのかもしれない。 

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