一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2019/12/16 No.71日米貿易協定、アナーキーな時代に出した中間回答

鈴木裕明
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

WTOルールとの整合性をめぐる論点

日米貿易協定が国会で承認され、来年1月1日から発効の運びとなった。

本協定を巡ってはこれまで多くの論点が提示されてきたが、中でも注目を集めたポイントに、WTOとの整合性の問題がある。具体的には、WTOルールに従えば、FTAは実質上のすべての貿易について、関税の撤廃を決める必要がある。日本政府の発表では、米側の関税撤廃率(貿易額ベース)は92%とされており、この数値であればWTOルール上、問題はない。しかし、今回の協定では、日本の対米輸出の3分の1以上を占める自動車・同部品については関税撤廃が明示されず、協定条文上では、”Customs duties on automobile and auto parts will be subject to further negotiations with respect to the elimination of customs duties.” とのみ記載されている。政府はこれを以て、将来の関税撤廃を前提としたものと考え、自由化の92%に含めている。これに対して、条文には撤廃時期や今後の交渉スケジュールについて何も書かれてはおらず、したがって、この一文を以て自動車・同部品を自由化の中に含めるのはさすがに無理ではないかとの批判が生じたのである。この点は、国会審議でも取り上げられ、テレビのニュースワイドショーでも報じられたと記憶している。

広くはなかった選択の幅

WTOなど国際法の専門家には、やはり整合性に懸念ありとする見方が多いようだ。しかし他方において、即、クロ判定というようなルール違反ではなく、また、実際にどこかの国が日米貿易協定についてWTOに提訴してくる可能性もかなり低いとみられる。

それでも、今回の協定がFTAの規律を緩めたことは間違いなく、それが残念なことであるのは事実である。自由貿易の旗手を自負するなら、なおさら、WTO順守が望まれる。どこから見ても正真正銘、WTOルールに整合している状態がもっとも望ましい。WTOに限らず、あるいは国際問題に限らず、ルールは守るべきものではある。

では、この協定を締結するべきではないのかといえば、事はそう単純ではない。本協定を評価するためには、ルール違反の可能性をやり玉に挙げるだけではまったく足りず、むしろ「木を見て森を見ず」でミスリーディングになる恐れすらあると考える。ここで重要なのは、日本がFTAの規律を緩めるようなことをきっぱりと拒んだ場合に何が起きるのかを想定し、その想定と本協定を締結した現実とを比較してみていくことであろう。

実際のところ、トランプ政権下においては、日米貿易協定交渉が座礁すれば、自動車・同部品への追加関税だけでなく、安全保障上の問題に飛び火する可能性も否定できなかった。交渉はそうした事態を回避しつつ、米国側だけではなく日米双方の優先課題を尊重しあう形で進められ、落着した。具体的には、米国の優先課題とは、まさに米国自動車産業の製造と雇用であり、日本の優先課題は農産品の自由化を既存EPAの枠内にすることと、米国が自動車・同部品に追加関税を課さないことであった。本協定では、それらは一応、満たされた形となっており、その上で双方が関税撤廃・削減を進めた。

日本が直面する現実を総合的に踏まえれば、選択の幅はさほど広いものではなかったのである。そして、そうした状況下で何とか見出された「落としどころ」は、「WTOルールとの整合性への懸念」が伴うものとなったのだ。

WTOが抱える構造的な問題

日米貿易協定を、特にWTOとの整合性を意識しつつ評価するのであれば、日米関係、トランプ政権の性格に加えて、さらに、世界の政治経済情勢や通商環境がどのように変化してきており、その中でWTOの位置付けはどう変わり、今後どうなっていくのかについてまで考えておく必要があるだろう。

1990年代後半から2000年代にかけて、世界の潮流がWTOからFTAへとシフトしていく中で、日本はWTO重視のスタンスを取り続けた。たしかに、加盟する世界各国に対して基本的に同一の関税率で臨むWTOにとって、例外的に特定国間だけで関税撤廃あるいは関税率削減を認めるFTAは異物であり、進め方次第ではブロック経済化に傾くリスクも孕む。世界各国はFTAを個別に結んでいくのではなく、協力してWTOを深化させていくのが理想であり、WTO重視の日本のスタンスは正論だった。しかし、現実には加盟国の増えたWTOは深化を止め、FTAへの傾斜は止めようもなく、日本もまた遅ればせながらFTA積極路線に切り替えを図ることになった。

その後も、WTO深化の動きには勢いが出ない。ドーハラウンドは一向に妥結をみることがなく、死に体となって久しい。GATT時代、加盟国数が少なかった頃には、全会一致方式は、苦労はしても妥結に漕ぎ着けることが出来るやり方だった。かつては、世界経済において米、欧、日など先進国が占める割合が圧倒的であり、まずは先進諸国が合意をして、それを以て途上国・中進国を説得することができた。しかし、加盟する途上国・中進国の数が増え、経済的地位も格段に大きくなった現状において、もはやこのやり方が機能しないことは、ドーハラウンドの挫折からも明らかになった。

WTOが深化を止めた結果として、知的財産権の保護、産業補助金や国有企業など、関税以外の部分、サービス取引にかかるルールの実効性が弱く、不十分なままで残されてしまった。かつては工業製品にあった先進諸国の比較優位は、今や、技術やブランドなどにシフトしてきており、中でも米国はその先頭を行く。しかし、現状の不十分なWTOでは米国の利益を十分に保護することが出来ず、また、サービス輸出を伸ばすポテンシャルを発揮できない。しかし、技術やブランドを持たない途上国・中進国側にしてみれば、これらの点について、WTOルールは緩いままにしておきたい。もし、移転の強制などにより技術を取得できるのであれば技術料が、偽ブランドをこっそりと製造販売できればブランド料が、事実上無償になるわけで、ルール強化がうれしいはずがない。

こうした対立の代表的な事案が、米中貿易摩擦であろう。米国の歴代政権は予てから中国をはじめとする一部の途上国・中進国の知財権侵害などと、それを有効に防止できないWTOに対して、不満を累積させていた。苛立ちながらも、WTOルールに則った形で個々の事案の対処を進め、また、WTOルールの強化を進めようとしてきた。中進国側で技術のキャッチアップが進むにつれて、自身もまた知財権を守る立場となり、対応に変化が出てきた部分が散見されるようにもなってきた。

しかしそれでも、上述の通り、真っ向から利害が対立する中での「全会一致方式」では、一方にのみ利益の出るWTO改革は、一向に進まなかった。先進国が、すでにほとんどの分野で自由化を進めてしまっている以上、WTOルール強化の対価として、途上国・中進国側に渡すことの出来るアメももうほとんど存在しない。

これまでの延長線上でWTOの深化を求めることは、もはや構造的に不可能になっているとみなす時期にきているのだろう。実際、加盟国全体ではなく、先進国を中心にした有志国による協定深化へと重心は移りつつある。だが、そのやり方では本当に規律強化を求めたい途上国・中進国は参加してこないし、結果として、米国などの不満が解消されることもない。

元のようなWTOには戻らない?

このように、米国におけるWTOへの不満や懐疑は、トランプ政権から始まったものではなく、したがって新しいものでもない。トランプ政権になって変わったのは、不満への対処方法である。トランプは、WTOでの交渉に頼れないのであれば、制裁を科しながらバイ(二国間)で交渉し、結果を勝ち取っていくというスタイルを取った。それはWTO違反かもしれないが、米国は、紛争処理における上級委員会委員の就任を差し止めており、もはや新規案件で上級委員会が判定を下すことも出来なくなった。

トランプの強硬な姿勢は、混乱だけではなく成果も生み出している。たとえば、韓国がWTO上の途上国待遇を放棄する方針を表明するなど、長年放置されてきた歪みが是正されている部分も出てきており、その点は評価せざるをえまい。超大国・米国のトランプ政権による強硬策は、WTO深化の膠着を壊す可能性もある。それと同時に、WTO自体をも壊す危険性もある。

「もはや、WTOは元のような(トランプ以前の)WTOには戻れないのではないか」。何人かのWTOあるいは通商の専門家と話をしたが、同様の見方であった。WTOは、まだ厳然として、通商の場において唯一無二の重要な役割を果たしている。世界経済のブロック化を堰き止めることのできる最後の砦でもある。だから、尊重し、その存在を守っていく必要がある。これはMUSTである。しかし一方で、もう潮流が変わってしまったのだとしたら、WTOルールを厳守しているだけでは自国の通商環境は安泰とは言えない。優等生というだけで良い思いが出来るのは、教室の秩序が安定している時だけであろう。

厳しいリスク環境の中での「中間回答」

筆者は、今年5月17日付けの本コラムにおいて、「もはや何でもありの時代に逆戻りしてしまった」、「アナーキーな貿易投資環境の中で、令和の時代を生きていくのだと覚悟を決める必要がある」と書いた。今回の日米貿易協定は、そうした環境変化を意識した上で日本がもがきながら出した一つの回答であり、まだ交渉の第2段階を残す「中間回答」としては、「WTOルール上の懸念」の存在もやむをえないものではないか。

そして最終的には、日本が、今後の日米交渉、あるいは各種通商外交の場を通じて、自らの通商スタンスが適切であることを示していかねばならない。そのプロセスを通じて、日米貿易協定はWTOルールを順守していることを改めて示すように努め、WTOというルールベースで動く世界の通商環境を、可能な限り維持していかなくてはならない。そのハードルは高い。

さらには、この先数年単位でみれば、WTOを含めた通商環境/国際情勢のより大きな変化、たとえば米国のWTO離脱(に向けた動き)であるとか、あるいは、米中サプライチェーンのデカップリング加速などが生じて、日米貿易協定の「WTOルール上の懸念」など「些事」となってしまう可能性すらゼロではないことを、頭の片隅にとどめておく必要があろう。そういうリスク環境の中での、今回の協定なのである。

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