一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2019/12/25 No.72日本を向く中国と欧州〜米中・米欧摩擦の日本への複合的な影響と対応〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

米中間のデカップリング(分断)は世界経済を下押しするだけでなく、日本やEUなどの政治経済の様々な分野にも影響を及ぼす。中国の日本や欧州への接近はその一つだ。一方、北大西洋条約機構(NATO)の問題を中心に、米欧間の軋轢が高まっており、米中デカップリングとともに日本の対米外交やアジア太平洋戦略に少なからぬ影響をもたらすことになる。

欧州は米国との距離が離れるほど、日本への接近を検討せざるを得ない。欧州は中国に目を向けているが、以前ほど中国との投資や技術の相互交流に無防備ではなく、警戒する動きが広がっている。米中・米欧の対立により、日本にはこれまでにない中国・欧州・インド等との政治経済連携を強めるチャンスが巡ってきており、その機を逃さない対外戦略が必要だ。

トランプ大統領の欧州タダ乗り論

米国と欧州は冷戦下での旧ソ連への封じ込め策など、多くの大西洋戦略での同盟関係を築き上げてきた。しかし、この軍事を中心とする北大西洋条約機構(NATO)の協力関係は、2016年6月における英国のEU離脱(Brexit)の決定もあり、転換点を迎えている。英国のBrexitを決めた国民投票直後の7月8日、当時のオバマ大統領はFinancial Timesに寄稿し、米欧の大西洋同盟は共通の価値観に基づき70年近くも続いた軍事同盟以上のものであるとし、Brexitにも拘らず再結束を促した。

ところが、オバマ大統領を引き継いだトランプ大統領は、NATOを含め欧州への対応はこれまでとは全く違う姿勢を見せることになった。周知のように、2016年の大統領選ではトランプ大統領は全体の得票率では民主党候補にリードを許したものの、中西部の製造業に従事する労働者の票を獲得することによって勝利を得た。これがアメリカ・ファーストを掲げ、米国への投資の回帰による製造業の雇用と所得の安定、さらには中国・メキシコ・日本・EUなどとの貿易赤字の削減を進める原因になっている。

こうしたトランプ大統領の姿勢は、欧州から見れば自己主張型かつ取引型の政治家に映り、従来の共通の基盤とイデオロギーに基づく政治哲学や同盟関係からの修正・脱却を求めるものであった。トランプ大統領は、基本的には、欧州とのwin-winの関係に疑問を持ち、EUの政治経済的な基盤は脆弱化しており、米国が欧州を必要としているよりも欧州が米国を必要としている、と考えている。例えば、ドイツなどは米国のNATO支援や欧州への投資のメリットを一方的に受けており、それに比べて米国の欧州からの恩恵は少ないと見ている(フリーライダー論)。

トランプ大統領は国際機関や同盟国との協力関係の見直しを進めており、これまでの米国へのタダ乗りを許した政策を修正し、自国中心(アメリカ・ファースト)の外交政策を展開することが、米国の利益に繋がると考えている。これが、トランプ大統領のNATO加盟国への軍事費の引き上げ要求に結びついている。オバマ政権時代には、NATO加盟国の軍事費を2024年までにGDP比で2%の水準まで引き上げることに合意しており、トランプ大統領は4%にすべきとの発言も行っている。日本に対する在留米軍への経費負担増の要求も同じ文脈である。

埋められない米欧の必要性の相違

トランプ大統領は自国の経済力を背景として、欧州などとの連携には頼らず、絶対的な地政学的パワーの行使で対外政策を実行しようとしている。こうしたトランプ大統領の外交姿勢は、「必要性」と「米国の権益」を中心としたものだ。

トランプ大統領はBrexit後の英国と2国間貿易協定を進めようとしているし、EUの統合が弱体化することにより個々の欧州の国への影響力を強めようとしている。つまり、トランプ大統領は欧州と一緒になって民主主義や自由主義を守ろうとするのではなく、米国の権益を優先し、欧州との貿易赤字の削減や貿易障壁の撤廃を欧州の統率の乱れに乗じて進めようとしている。

欧州独自の国防力の不足やBrexitのような経済統合の見直しを契機として、トランプ大統領の対欧政策はオバマ前大統領とは一線を画すものとなっているが、こうした流れはトランプ大統領の任期中だけではなく、その後の政権までも続いていく可能性がある。

トランプ大統領のアメリカ・ファーストの政策は、米国内の経済格差が解消されない限り維持されると見込まれるが、この影響は米国の対欧州との関係だけでなく、カナダやメキシコなどとの軋轢にも繋がっている。実際に、NAFTAの再交渉では、米国は交渉途中でそれまでの米加墨3か国での交渉からカナダを切り離し、メキシコとの2国間交渉に切り替えた。このため、米国とカナダとの信頼関係にヒビが入ったと伝えられる。トランプ政権は、これまで最大の同盟国であった欧州だけでなく、カナダとも溝を広げたようだ。

米中の方が米欧よりも信頼関係を回復できるか

米中貿易摩擦は2019年12月13日に第1段階での合意に達した。米中摩擦はとりあえず第1段階での合意に達したものの、もしも約束が守られなかった場合、追加関税は元に戻る可能性があり、今後の米中貿易紛争の動きは依然として予断を許さない状況が続くと思われる。とはいえ、今回の第1段階での合意は、限定的ではあるが米中貿易戦争を収束に向かわせる方向性を示したことは間違いない。

ペンス副大統領も2019年10月24日のウイルソンセンターでの演説で、米国は中国とのデカップリング(分断)を望んでいないとし、解放された市場や公平な貿易慣行、国際的なビジネスルールとの調和の促進を求めた。

このように米中間の衝突はトランプ政権以降も引き継がれることは確実であるが、もしも中国が国際ルールと同じ土俵に立つべく変化の姿勢を見せるならば、貿易摩擦は収束しなくても緩和の方向に向かうものと思われる。中国はこれまでも米国からの外圧を利用して国内改革を図っており、今回の米中摩擦は確かにデカップリングという面はあるものの、基本的には外圧の一環として収斂していくと捉えることも可能だ。

米国と中国はそもそも貿易においては不均衡を生み出しているものの、中国は米国の需要に応える面を持っているし、米国企業も中国を製造の拠点や委託先として活用してきた経緯がある。それがロボット産業や人工知能、5Gなどの先端技術の分野において米中間の覇権争いが激化することで、米中デカップリングが表面化するようになった。互いの貿易取引面でのニーズが高いわけであるから、中国の構造改革の進展に伴い米中関係は徐々に改善する可能性がある。そもそも、本来的に中国は米国に敬意の念を抱いており、覇権争いを超えた両国間の信頼関係の修復は可能と考えられる。

中国の日欧への接近

米中摩擦の主要国への政治経済面での影響であるが、まず中国の日本と欧州への接近が挙げられる。中国は、トランプ政権以降の米国との覇権を巡る争いを見据え、経済が相対的に脆弱化しつつある日欧であれば、中国から歩み寄りを見せることにより、両国との政治・経済関係の強化を図ることができる。

中国としては、EUが経済統合を拡大発展させ中国への依存の必要性がない状況よりも、現在のようなBrexitを抱え、NATOの運営でも米欧の不協和音が伝えられる状況の方が好都合である。米欧の分断と欧州の地盤低下は、中国への依存を高める要因になり、中国にとって心地良い状態と言える。同様に、欧州だけでなく日本の経済力は相対的に低下し、米国やASEAN諸国への影響力も小さくなっている。中国はそれに乗じて日欧へ接近することにより、経済協力の促進や相互投資の拡大などで大きな成果を得られなくても、米国との衝突による傷口を最小限に抑えられるという効果を得ることができる。

一方、米中間のデカップリングは、日米欧が協力してWTOの枠組みにおいて中国の構造改革を促すという動きにも繋がっている。中国にしてみれば、この動向に対応するためにも、日欧への接近は不可欠となる。日本は自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)で中国の一対一路構想と協調を謳いながらも対峙しており、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉も含めて中国がどのような出方をするのかが注目される。

米欧間の亀裂とアジアへのシフト

ライトハイザー米国通商代表部(USTR)代表は2019年には対欧貿易赤字が1,800億ドルに達すると見込んでおり、米欧貿易協定交渉は関税の削減が大きなテーマだと発言している。この他に、同代表は欧州のエアバスへの補助金などの貿易障壁を問題視しており、2020年の米欧貿易協定を巡る動きには目を離せない。ただし、欧州側は自動車問題と農産物の協議は切り離して交渉する意向と伝えられる。

一方、政治面において、トランプ大統領がシリアなどからの米軍の撤退を決断するのは、経費削減とともにロシアの脅威が低下したと見ているからだ。この意味で、NATOの存在意義は相対的に薄れてきており、むしろ「軍事+α」的な意味合いが強くなっている。前述のように、米国への欧州のフリーライダー論を説くトランプ大統領は、欧州のNATOへの負担増を要求しており、両者の考えの違いは平行線を辿っている。トランプ大統領は同じく日本にも軍事関連経費の負担増を要求しているが、これは欧州と全く同じ文脈上にある。違う点は、欧州はリスクが低下しているロシアと近く、日本は覇権争いが激化する中国に近いということである。中国や北朝鮮との地政学的な関係から、米国にとって日本の同盟国としての相対的な重要性は高くならざるを得ない。欧州からアジア太平洋への地政学的な重心のシフトがその背景にある。

米国の関心を引き出すことが日本・アジア接近の真意

1996年以降、ヨーロッパとアジアの政治対話(ASEM)が行われてきたが、実質的な成果には結びついていない。そうした中で、欧州は、米欧対立やアジアへの関心の高まりを踏まえ、日本と中国などへの接近を一段と強めることになる。ドイツのメルケル首相は2005年以降、中国へは11回、日本へは5回訪問している。ドイツ企業は中国に5,000社も進出し、100万人を雇用している。中国への依存を強めたドイツであるが、ドイツ産業連盟は技術移転や国有企業の補助金等の中国の国家支配に関する問題について懸念を表明するなど、中国への対応に変化が見られる。同時に、中国の人権問題に対する見方が厳しくなっている。

つまり、欧州はアジアでは中国との経済関係を強めてきたが、今後は軸足を日本やASEANにも移さざるを得ない。日本とは、2019年2月に発効した日EU・EPAをテコに、多国間主義や自由主義、あるいは市場経済の維持発展を一緒に進めていくことが考えられる。そうした日欧の連携が米国の自国第1主義や中国の国家主導の経済運営への対抗勢力となることが望ましい。日EU・EPAを用いて、日EU間の貿易投資を発展させるだけでなく、EUアジア連結戦略(The EU-Asia Connectivity Strategy)や自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)などにおいて、日本は欧州と連携してアジアへのインフラ投資などの経済協力に貢献するのだ。このEUのアジアとの連結戦略は、中国の一帯一路構想に対抗するもので、ある意味ではFOIPとも重なるものだ。

中国の一帯一路構想を受けて、安倍首相はアジアに対する1,100億ドルの高品質投資イニシアティブを表明している。EUは、公的および民間の投資家を含む650億ドルのアジアとの連結戦略を推し進めようとしている。こうしたことを受けて、2019年6月の大阪でのG20においては、日仏間で海洋安全保障、環境、インフラ整備の3分野でのFOIPへの貢献が話し合われており、ドイツとも協力を具体化することで一致している。9月には、日EU間でEUアジア連結戦略の推進に協力する協定に署名が行われた。

メルケル首相が製造業分野での日本との競合関係にも拘らず、日本に接近しようとする真意は同盟関係の分散化という面だけではなく、日本との繋がりを太くすることで、米国や中国に注目してもらうことにある。中国は欧州が対中依存を深めるような状況は歓迎するであろうが、米国は欧州との貿易赤字や貿易障壁が削減されない限り、元の鞘には簡単には戻れないと思われる。

米中・米欧摩擦の複合的な影響への対応

米国は、これまで中国からの製品を受け入れ、中国の成長を促すことで、自由で開かれた中国市場を実現し、米国にとっても有望な販売市場になるという期待を持っていた。しかし、現実には、中国の市場では、技術移転要求や国有企業への補助金などの米国企業の進出や輸出を阻む貿易障壁が残っており、トランプ大統領は一挙にこれまでの姿勢を変更し、追加関税措置の発動、輸出管理の厳格化、中国の対米進出の審査の強化等を図った。これは、追加関税は米国企業に深刻な影響を与えないと見ているからだ。

一方、日本の中国への進出はASEANとの中間財などのサプライチェーンと結びついており、日本企業のアジア太平洋地域内での部材調達のフレームワークの構築に深く関わっている。日本は製造業における素材・原材料や部品、あるいは工作機械や半導体装置などの競争力が強く、中国市場はその有力な供給先となっている。この意味において、中国経済の不振は米国よりも日本の方に大きな影響を与える。日本は米欧との協力で中国の不公正貿易慣行の是正や構造改革を促す一方で、中国経済が一定の成長を達成する方が好ましいという立場にある。

欧州との関係については、中国はEUが経済統合を発展させ強い経済圏を達成するよりも、米国との分断が進み、域内統合の停滞から中国への依存を高める方が好都合と考えている。これに対して、日本はBrexitが進展するよりも、一定の経済統合を発展させた強いEUの方が望ましいという立場にある。つまり、日本は欧州の日系企業の活動に資する政治経済環境が維持されることを期待しているのだ。

したがって、中国と欧州の日本への接近は、日本の海外進出企業の権益を確保するという意味でも、日本の通商外交政策上において手持ちのカードとして使えるという観点からも、日本にとっても大きな意味を持つと考えられる。そして、トランプ大統領の外交政策において、日本の重要性と評価を高める効果をもたらすと思われる。

また、日本と欧州とのアジアでの連結戦略やFOIPなどの推進に当たって留意すべき点として、日欧が表明した基金の拠出が正確に実行されなければならないということと、インフラ整備などのプログラムへの貸し付け条件の原則に統一性があること、さらには中国への政策が日欧で整合性があること、などが挙げられる。

対米カードになりうる日中・日欧関係の強化

米中・米欧摩擦に端を発した日中・日欧の経済協力の枠組みの推進で、トランプ大統領の強い関心を引き起こすような成果を生み出せるかであるが、現実には短い期間では難しいと言わざるを得ない。なぜならば、これまでに日本が中国と協力しながら、「一帯一路構想」や2018年10月の北京での「第1回日中第三国市場協力フォーラムで締結された52の覚書」などを発展させ、新たに大きな成果を上げた事例はまだそう多くはないからだ。

むしろ、日本にとっては、短期的には中国や欧州との「一帯一路構想」や「自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)」、あるいは「EUアジア連結戦略」等を活用した経済協力の成果を求めるというよりは、その協力の姿勢を見せることで、一帯一路のような大きなイメージ効果を得ることが重要と思われる。

RCEPを離脱し米国との自由貿易協定の締結を優先するインドの通商政策は,日本のアジア太平洋戦略に影を落とすものとなる。すなわち,RCEPやFOIPを核として,インドを巻き込んだ日本の「中国の一帯一路構想」や「第2段階の日米貿易協定交渉」などへの対応が,微妙に変化せざるを得ない。このため、日本としては、2020年4月か5月にも始まる可能性がある第2段階の日米通商交渉において、インドが離脱表明したRCEPを補強するカードを用意する必要がある。その1つが、中国・欧州の日本への接近と日本の的確な対応であると見込まれる。

そして、TPP11と日EU・EPAを発効させたものの、RCEP交渉が思惑通りに進まない中で、日本は「米国・中国・欧州」を巻き込んだインド太平洋地域での経済協力に関する調整機能をさらに強化し、ASEANを始めとするアジアでのプレゼンスを回復することが求められる。 

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