2007/03/23 No.093外国からの直接投資で電力不足を解消〜ミャンマー〜
増田耕太郎
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
前年に比べ38倍増の対内直接投資
ミャンマーの2005年4月から2006年3月まで(以下、「2006年3月期」と記す)の対内直接投資額(契約ベース)は、過去最高の60億6,568万ドルだった(表-1)。前年度は1億5,800万ドルだったから、前期の38倍増である。10億ドルを超えた対内投資は1998年3月期まで遡る。
過去最高の投資をもたらしたのはタイから電力事業投資案件である。2006年3月期のタイからの投資額は、全体の99.5%に相当する60億3,400万ドル。業種別内訳では「電力」が全体の99.4%に相当する60億3,000万ドルだから、国別業種別データが未公表であっても「タイからの電力事業投資」がミャンマーの対内投資のほとんどだったと判断できる。ミャンマーでの水力発電事業への投資の背景に、ミャンマーの電力不足とミャンマーに発電所建設適地が多いことがある。
〔表-1〕ミャンマーの対内直接投資額の推移(単位:億ドル、件)
2000.3 | 2001.3 | 2002.3 | 2003.3 | 2004.3 | 2005.3 | 2006.3 | 累積 | |
件数(全体) | 14 | 28 | 7 | 9 | 8 | 15 | 5 | 399 |
総額 | 0.6 | 2.2 | 0.2 | 0.9 | 0.9 | 1.6 | 60.7 | 138.2 |
タイ | 0.2 | 0.3 | (na) | (na) | 0.2 | 0.3 | 60.3 | 73.8 |
出所 国際貿易投資研究所「世界主要国の直接投資統計集」(原資料はミャンマー中央統計局(CSO))
ミャンマーにおける水力発電プロジェクト
Myanmar Timesの報道などによると、ミャンマーへの外国からの電力投資案件には次のものがある。
- タイ電力公社の水力発電事業
タイの電力公社(Electric Generating Authority of Thailand:EGAT)は、2005年5月、ミャンマー電力省との間で覚書を交換、サルウイン川〔4ヵ所〕およびテナセリム川(1ヵ所)で水力発電事業の共同開発を行うことで合意した。2005年12月には、ダム建設予定地の5カ所のうちカレン州のハッジー(Hutgyi)地点の開発を最初に行うこととし、2007年11月の建設開始を目指している。
・対象となるのは、サルウイン川(Thanlwin川salween川)に建設する110メガワット規模の水力発電事業(TaSangHydropowerProject)。サルウイン川は東南アジアでダムがない川としては最大級の長さをもつ大河である。
・EGATが建設するハッジー・ダムは約10億ドルを見込み、発電量の約60%をタイに輸出する。建設資金はEGATが負担する。(”Govt goodbyes gas for hydropower”Myanmar Times 2006年6月10-16日付)
また、2006年6月、中国の水力発電会社Sinohydro(シノハイドロ)社がハッジーダム開発事業に出資し、設計・調達・建設にも主要な参画者として関与する合意をEGATと結んだと伝えている。それによると、タイが50%、中国が40%、ミャンマーが10%を負担する。(”China cashes in on Hutgyi”Shan Herald Agency for News.28June2006.)
- タイ企業・MDXグループによる水力発電事業
タイのエネルギー企業・MDXグループが、2006年4月、ミャンマー政府と60億ドル規模の水力発電事業をサルウイン川で行い、発電量の85%をタイに輸出することで合意したと伝えている(Myanmar Times電子版2006年6月10〜16日付)。MDXは、ミャンマー最大の水力発電ダムを2012年までに建設し、7,000メガワットの発電を行う。 - バングラデシュのミャンマーでの水力発電事業構想
ミャンマーと同様に電力不足に悩むバングラデシュも、ミャンマーでの水力発電事業で、国内の電力不足を補うことに高い関心をよせている。バングラデシュに近いミャンマーのアラカン州での水力発電事業を行う構想をもち、2007年1月、両国間で協議したと伝えている(”Bangladesh Eyes Hydro-Electric Investments in Burma”2007年1月30日付)。それによると、70%をバングラデシュに輸出し同国の電力不足を補うというもの。
ミャンマー国内に水力発電開発適地
ミャンマーでの水力発電事業への投資の背景に、ミャンマーの電力不足とミャンマーに発電所建設適地が多いことがある。
ミャンマーは、電力設備などの基礎的なインフラ整備が遅れている。特に、電力はヤンゴン市内でも慢性的な不足のため深刻な社会問題となっている。現地に進出した日系企業の最大の悩みのひとつが電力不足による停電である。
国連の”Energy Statistics Year book 2002″によれば、ミャンマーの電力状況を知ることができる。タイと比較すると、2002年時点におけるミャンマーの一人当たりの電力消費量は135KwH。タイ(1,860KwH)の7.3%で1/14程度である。2002年の発電量は、6,614MillionKwHでタイの5.7%の規模である。発電能力はタイの5.4%で約1/19の規模である。
そうした電力不足を解消する方法として、水力発電事業の拡大がある。電力省によれば、ミャンマーには水力発電所の建設適地が200ヵ所以上あること、38,000メガワットの発電が可能であるとしている。また、水力発電が最もコスト効率が高いとし、水力発電の割合を現在の38.5%から2030年までに100%にすることを目指している(図-1)。そのため、現在の48メガワットから7100メガワットにするため24発電所の計画をもつ。国内での電力不足を補うだけでなく隣国に輸出することも可能な発電量である。
図-1水力発電による割合を現在の38.5%から2030年までに100%をめざす
途上国間での投資拡大に注目
ただし、こうした構想が実現できるのかどうかの懸念も大きい。
発電適地に住む住民の生活基盤や自然環境を破壊することなく、発電用の巨大なダム建設ができるのかである。ダム建設の有力候補地は、豊かな自然環境の土地であったり、住民にとって乏しい耕作地などの厳しい生活環境である場所が少なくない。円滑に建設を進めるには、ダム建設にともない移転をせざるをえない地元住民に対する補償や自然環境の保全に対する配慮が欠かせない。そのことを懸念する意見やダム建設に反対する人たちは少なくない。
また、ミャンマーの民主化や人権抑圧に強い懸念をもつ米国などが、現政権に対し米国企業による直接投資の禁止、経済協力の停止などの措置による制裁を実施していることも気がかりの点である。
そうした懸念とは別に、タイなどによる直接投資の動きは注目したい点がある。水力発電事業は事前のFS調査から完工するまで長期間を要し、しかも多額の資金を必要とする。それを、途上国から途上国への大規模投資で実現しようとしていることだ。いままでは、こうした投資は先進国からODAによるものか世界銀行などからの資金支援が前提だった。また、電力不足で悩むバングラデシュ、ミャンマー両国が共同で取り組み、「国を超えた協力」関係であることも注目したい。水力発電事業は、発電所やダム建設に適した場所の制約があり、国際河川の場合は流域国との調整が必要となるので、関係各国が「国を超えた協力関係」を築くことが重要となる。
そうした取り組みは、始まったばかりである。
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