一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2009/05/11 No.123注目度No.1のベトナムにおける課題

濱田和章
(財)国際貿易投資研究所 主任研究員

ジェトロ(日本貿易振興機構)の日本のビジネス・パーソンや日本企業の間で関心の高い国々を抽出して取り上げた16カ国「JFIC16」でベトナムが注目度順位でNo.1となっている。(注)

ジェトロによれば、2007年度のJ-FILEアクセス件数はおおよそ440万件であった。このアクセスの中から、?先進国・BRICsを除き、アクセス件数が多く、?アクセス件数の伸びが高い国で、?一人当たりGDPが一定以上、という条件をクリアする国を、「関心が高まる新興国」と定義したものが、JFIC16である。その中で注目度No.1の国がベトナムという訳である。

JFIC16諸国の特徴としては?「鉱物資源」、?「食料資源」、?「人的資源」(ここでは「海外からの送金」を意味する)といった資源に恵まれた国が多いことである。ベトナムはこれら三つの特徴をすべて満たす数少ない国である。さらに人口が多く比較的安価な労働力、地理的に中国の珠江デルタやタイなど周辺諸国との位置関係がよいことなどが魅力である。このような魅力が注目度No.1の要因であると考えられる。

IMF統計によれば、2007年一人当たりのGDPは829ドルである。しかし大都市についてみると、ホーチミン市の一人当たりGDPは2,085ドル、ハノイ市は1,927ドルとなり、しかも両市は各々600万人を超える人口を擁しており、魅力的な経済圏を形成しつつある。

2008年は高インフレと世界的な金融危機の影響を受けたにもかかわらず、世界銀行の融資基準上の中所得国入りが期待されている。2008年12月31日のベトナム統計総局の発表に基づけば、同年の一人当たりGDPは1,024ドルとなったとみられる。前年比で約20%に及ぶインフレ率を考慮すると、実質的な数値は約900ドルになる模様である。

人口約8,600万人の中で、旺盛な消費市場を牽引しているのは30〜40歳代の働き盛りの年代といわれるが、消費市場の担い手として人口の半分を占める30歳以下の若者にも脚光が集まりつつあるという。2009年1月からはWTOサービス分野公約に基づき100%外資の小売流通業への参入が可能になった。ベトナムの消費市場に期待する外資も多いのではないか。

他方で同国は原油、石炭、ゴム、水産物、コーヒー、コメなどの鉱物資源や食料資源に恵まれており、労働力・消費者の両面で若さに満ちた国といえる。21世紀に入ってからの経済成長などの状況を見ると、以下のようになる。

表 2001年以降のベトナムの経済状況

(出所)ベトナム統計総局・計画投資省・IMF・ADB(2008年は速報)
(備考)消費者物価上昇率は12月末比、直接投資受入額は認可ベースで新規拡張を含む

ベトナムは2001年から07年までほぼ7%から8%台の経済成長を持続し、世界中が米国発の金融大不況の影響を受けた08年においても6.2%の成長を維持した。しかしながら、その実態は海外から直接投資を受け入れ、工場の機械設備や生産ラインのメンテナンスに必要な特殊工具、原料や素材、副資材、部品から備品・消耗品にいたるまで幅広く輸入に依存している。一見順調にも見える経済だが、実はここに構造上の問題点が存在するといっても過言ではない。

近年の経済構造を極めて大雑把に図式化すると、ベトナムは政治的安定性の下、土地と安価な労働力(人材)を外資企業に提供することによって、雇用を増大させ賃金を高めてきている。また2007年において顕著であるが、主に貿易赤字に由来する経常収支の赤字は越僑送金やODA実行額によって希釈され、海外からの直接投資(実行ベース)などの資本収支の黒字によって埋め合わされ、その結果外貨準備高は着実に増加している。

世界同時不況の影響がベトナム経済に対して、さらにどの程度の悪影響を及ぼすにいたるかは、現時点においてはなかなか予想しがたいが、2009年3月末時点での統計総局の見通しでは、09年通年で実質GDP成長率は4.8%〜5.6%、アジア開発銀行の見通しでは同4.5%と5%前後の成長が予測されている。他方で、例えばタイやシンガポールはマイナス成長の予測になっている。現下の国際経済状況において、ベトナム経済は他のASEAN諸国と比較して堅調であるといえる。

しかしながら懸念されることは、上述の貿易赤字に表れている。2008年の貿易赤字は統計総局によれば、約175億ドルに達した。

表 ベトナムの対日主要品目別輸入<通関ベース>

(出所)ジェトロ貿易投資白書2008年版

上表は、通関ベースでみたベトナムの対日主要品目別輸入である。裾野産業の未発達さを反映し、上位品目の多くを機械設備・同部品、鉄鋼、コンピュータ・電子部品、自動車部品、プラスチック原料などの工業部品や原材料が占めた。日系企業が周辺諸国からだけでなく、遠く本国からも機械設備や部品、原材料を仕入れている実態が垣間見える。

自国内で原材料、中間財、備品、消耗品などを供給することができるように裾野産業の育成など、経済構造を是正しなければ、持続的発展には限界があるということである。

ベトナムは長らく国家経済で果たす裾野産業の役割の重要性をあまり認識してこなかったように見受けられる。そうした中でも、ベトナムの市場は一段と開放され、部品、製品を問わず海外から輸入品が入りやすい環境になりつつある。

ベトナムは1995年にASEANに正式加盟し、翌年からASEAN自由貿易地域(AFTA)が適用された。AFTA内での取り決めに基づき、2006年までにほとんどの品目の輸入関税が0〜5%に引き下げられ、2015年にはほとんど全ての産品についてASEAN諸国からの輸入関税がゼロになる。

遅くとも今から5年後には、多くの外資系製造業などが、ベトナム国内で製造を続けるのか、あるいは他のASEAN諸国で製造したものを輸入・販売するのかの選択に直面することになる可能性が高い。2020年までに基本的に工業国の仲間入りを目指しているベトナムにとって与えられた時間は決して多いとは言えない。

政府が指導力を発揮して裾野産業育成に向けての政策的実行が望まれる。2008年12月に署名された日越経済連携協定などに基づき、日本も裾野産業の育成を支援することになっている。「JFIC16」の注目度No.1の国、ベトナムの経済発展のひとつの鍵は裾野産業の育成にあると言えよう。

JFICとはJETRO-FILEIncreasing-InterestCountriesの略称である。16カ国を注目度順位で列挙すると、ベトナム、タイ、トルコ、アラブ首長国連邦、パキスタン、メキシコ、南アフリカ共和国、ベネズエラ、サウジアラビア、ペルー、ポーランド、アルゼンチン、ルーマニア、ハンガリー、ナイジェリア、エジプトとなる。

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