一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2010/01/29 No.133米国と似て非なる国、カナダの憂鬱と幸せ

佐々木高成
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員

スポーツの世界ではカナダとアメリカは一体化していて、野球もバスケットもアイスホッケーも米国とカナダは同じプロリーグである。米国在住を先に経験していた筆者はバンクーバーにきた当初、街の様子や言語が米国と同じだからつい米国と同じだと思っていた。米国にもカナダにも州があるではないか、要はstateとprovinceという呼称の違いじゃないか…と。

カナダと米国は違う

しかし、しばらくたつとどうも違和感がある。まず英語のつづりが「変」である。米国ではセンターの綴りはcenterだがカナダではcentreと英国風だ。次にスーパーマーケットが違うことに気付いた。カナダにも米国と同じSafewayなどの店が出ている。しかし…である。米国のスーパーにはあるはずのワインや酒類の売り場がない。それでも探し続けるとビールはあった。しかし、これもよく見るとノンアルコールではないか。店の人に聞くと「カナダは酒類の販売については遅れていて恥ずかしいかぎりだ」と言う。結局、スーパーには酒類が置いていないことが分かった。

それではカナダ人はワインやウィスキーはどこで買うのか。カナダは酒類販売に対する州政府の規制が強く、州政府が運営するリカーショップでしが酒類は売れないのである。これではスーパーにワインが置いてないはずである。米国でも酒類の販売はライセンス制でうるさい。しかし、カナダの制度は州政府がリカーショップそのものを運営する点で米国とは全く異なる。それでは英国的かというと、今日英国やオーストラリアはむしろ米国に近い制度となっている。後から分かったのだが、カナダは経済における連邦や州政府の役割が米国よりも大きい国だと知った。流通はその一つの分野である。他にも交通機関は鉄道もバスもフェリーも州政府の公社が運営しており、米国と比べて政府の影響が強い。米国では州政府が所有するのは鉄道やフェリーではなく、橋やハイウェー(有料高速道路のみ)で、それも州財政逼迫によって民営化や民間売却の波が押し寄せている状況である。もっと直接的に米国との違いを感じるのは所得税などの税金が非常に高いことである。

カナダ人の幸せ?

こう書くと、カナダの制度が不自由でマイナス面が多いような印象を与えるが、そうとは言えない。2010年の経済自由度の国際比較によればカナダは米国より上位の7位である。カナダ人が米国人より幸せな面も多い。銃規制があって犯罪率が低いこともそうだが教育の国際比較でもカナダは米国より上で北欧に近い。社会保障でもそうである。カナダは米国と違って欧州型の高福祉国家であり、その半面として税などでは高負担となっている。交通機関にしても州の交通機関は充実していて機能的かつ効率的だという印象である。少なくともニューヨークやシカゴ近郊の通勤電車に引けをとらないし、もっと先進的である。市バスに燃料電池車を採用する取り組みはその一例と言える。

1990年代の話だが、バンクーバーでは米国と違って医療保険は安い割りに、ほぼ全額カバーしてくれた。だから老後は安心感がある。もっとも米国人はカナダの医療が公的保険であるがゆえに病院での順番待ちが長い等、非効率で最先端の医療は受けられないと悪口をいうが、筆者にはカナダの方式が所得の低い層に厳しい米国の民間ベースの医療保険制度と比べて劣っているとは思えない。さらには、カナダが公的保険制度をとっているからこそ企業にとって従業員の医療コスト負担が少なくて済むのであり、カナダに立地する米国や日本の自動車工場が競争力を維持している理由の一つになっていることもよく知られた話である。

カナダと米国は似ているように見えて実は違っている。バンクーバーは都市圏人口がおよそ200万であるから、北米では大都市に入る。しかし、町を歩く人の様子が米国と違っている。バンクーバーでは信号が青に変わるまで歩行者は止まっているが、米国では周りをみて車がいなければ歩行者は信号が何であろうと渡りはじめる。バンクーバーの方が日本人の行動に近い。歩行者だけではない。信号で歩行者が渡っている限り車は右折車であってもじっと辛抱強くまっている。さらには、歩行者が横断歩道でないところで横切る場合でも車のほうが止まる。これはいくらなんでも過剰な歩行者優先ではないかと思う程である。人々の服装も微妙に違う。気候のせいか住民が着ている服は概ねモスグリーンと臙脂、紺という3色からなる地味なアウトドア用ファッション?に彩られることが多い。

カナダが主張するとき

このように控えめなカナダ人だが、こと米国との関係では自分を主張して譲らない。オバマ大統領が北米自由貿易協定(NAFTA)見直しを唱えたことがあったが、カナダは時をおかず、「NAFTAを見直すのであればカナダにも米国に要求することは多くある。エネルギー問題はその一つだ」という姿勢を見せてオバマを牽制した。米国に近く、経済力では圧倒的な差があるため、我々はともすれば「カナダは米国制度に合うように自国の制度を変えている」と思いがちである。しかし、林業や水産業問題では米国の圧力に一方的に屈しているのではない。一方では米国内の政治状況を個別企業レベル、個別議員レベルまで正確に掴みつつ、必要なら米国と徹底的に論戦を挑み、また必要なら米国の連邦議員への個別説得も厭わない。そもそもカナダは米国の政治が政治理念とは別にいかに個別の利害関係に根ざしているか長年の関係から熟知しており、そこから出発する。だからといって理論武装(自分たちの考えや政策がグローバルにみて合理的で先進的だという理屈付け)も負けてはいない。言語が共通なのはここでは強みである。南に大きな、自己中心的なビヘイビヤーの米国と隣接していることはカナダにとって時として憂鬱の種でもある。だから知恵が必要となる。先述のNAFTAも実はカナダにとっては米国との対立を米国内で政治化させずに事務レベルで互いの立場を主張し、解決していくメカニズムに他ならない(これはNAFTA交渉を担当したカナダ政府高官自身の言葉である)。政治化したら最後、米国では「無理が通れば道理が引っ込む」方式がまかり通ることをカナダは知っているのだ。こうしてカナダは自国のやり方を強固に貫く逞しさと知恵も持ち合わせている。カナダの知恵に日本人が学ぶべきところは多いと思う。もっとも知恵は努力なくして付かないが・・・

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