一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2012/01/16 No.151ドイツのエネルギーシフト

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員

(1/3ページ)

1.脱原発を決定

日本の福島第1原子力発電所の事故を受けて、ドイツは今後10年以内に原子力から撤退することを決定した。

ドイツ政府は2010年秋に、原子力を再生可能エネルギー時代への過渡期に不可欠な「橋渡し技術」と位置づけ、国内の原発17基の稼動期間を予定より平均12年間延長することを決定していた(注1)。しかし、福島第1原子力発電所の事故後この決定は完全に撤回され、ドイツ国内の原発17基について、①福島の事故直後に稼働を停止した旧式の7基は閉鎖する(加えて2007年の火災事故で運転停止中のクルメル原発も完全に停止する)、②6基を21年までに停止する、③新型の3基は22年までに停止する――の3段階で脱原発を進めることが2011年6月、連邦議会の圧倒的多数で可決された。

政府の脱原発決定によってRWE、E.ONなど国内の原子力発電事業者は決定直後の四半期別営業利益が赤字に転じるなど大きな影響を受けた。これら事業者は経営の合理化や経営資源の再生可能エネルギーなど非原発部門へのシフトなどの対応迫られた。

政府は原発稼働期間短縮による事業者の遺失利益に対する補償措置として、「エネルギー・気候基金」(注2)への支払い義務を免除することを決めた。  表1  ドイツの原子力発電所の稼働状況(2011年6月現在)

 

原子炉のタイプ

発電事業者

電気出力(MW)

商業運転開始年

稼働状況

ブルンスビュッテル

BWR

ファッテンファル

771

1977

停止

ブロクドルフ

PWR

E.ON

1,370

1986

稼働中

ウンターヴェーザー

1,345

1979

停止

クリュメル

BWR

ファッテンファル

1,260

1984

停止

エムスラント

PWR

RWE

1,329

1988

稼働中

クローンデ

E.ON

1,360

1985

稼働中

ビブリス A

RWE

1,167

1975

停止

ビブリス B

1,240

1977

停止

グラーフェンラインフェルト

E.ON

1,275

1982

稼働中

フィリップスブルク第 1

BWR

EnBW

890

1980

停止

フィリップスブルク第 2

PWR

1,392

1985

稼働中

ネッカーヴェストハイム第 1

785

1976

停止

ネッカーヴェストハイム第 2

1,305

1989

稼働中

イザール第 1

BWR

RWE

878

1979

停止

イザール第 2

PWR

1,400

1988

稼働中

グルントレミンゲン B

BWR

1,260

1984

稼働中

グルントレミンゲン C

1,284

1985

稼働中

合計

 

 

20,339

 

 

注;商業運転開始は1975年の原子力法に基づく営業開始年。
PWR=pressurized water reactor(加圧水型原子炉)、BWR=boiling water reactor(沸騰水型原子炉)
(出所)世界原子力協会(World Nuclear Association)ホームページ資料などより作成

ドイツの原発からの撤退決定は、政府が設置した「安全なエネルギー供給」倫理委員会の「脱原発は10年以内に実現可能」との答申を受けて行われた。

福島原発事故を受けて、ドイツでは国内原発のリスク評価を根底から見直す作業が始まった。政府は福島原発事故直後の3月15日にいち早く、最も旧式の原発7基の稼働をひとまず3カ月間停止することを宣言した。これらはいずれも70年代に稼働を開始した設備で、その後建設された原発より安全性が低いとされていたためである。そして、モラトリアムの期間を利用して新たにリスク評価を実施することとなり、環境省の下に設置した「原子炉安全委員会(RSK)」や前述の「倫理委員会」で検討を開始した。

<倫理委員会が原発からの撤退を答申>

倫理委員会は、2011年4月から5月にかけて集中的な議論を行い、その結果を「ドイツのエネルギーシフト――未来のための全社会的共同事業」と題する答申書にまとめた。答申書は同年5月30日に首相に手交された。

倫理委員会は、ドイツ研究振興協会(DFG)のマティアス・クライナー会長と、サスティナビリティ上級研究所(IASS)のクラウス・テップファー所長(キリスト教民主同盟〔CDU〕、元連邦環境大臣)を座長とする17人の専門家により構成された。メンバーの顔ぶれをみると、学者(リスク社会学の専門家、環境政策の専門家など)、労働組合代表などのほか、カトリック教会とプロテスタント教会の代表者などが委員に任命され、原発のリスク(およびリスクが次世代に与える影響)を倫理的な観点から評価することに重点を置いた布陣となった。一方で、委員の中には原子力の専門家はおらず、産業界からの参加も化学メーカーBASFのユルゲン・ハンブレヒト会長一人にとどまった。

答申書は、どのようにすればドイツが脱原子力という困難な「全社会的共同事業」を遂行できるかを、48ページにわたって論じている。そして国内の原発の稼働は、倫理的な理由から、よりリスクの少ない電力供給技術による代替が可能となる時点までしか認められないという見解を示した。

原発のリスクについて、答申書は「原子力事故は最悪のケースの場合、どんな結果になるか未知であり、評価できない。その結果は、空間的にも時間的にも社会的にも限界づけることができない」としたうえで、「ここから当然の帰結として、被害をなくすために、原子力技術はもはや使用すべきではないということになろう」としている。さらに答申書は、米国の経済学者でノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授が金融業との比較で原子力産業におけるリスク管理について述べた言葉を引用して、「失敗のコストを他人が負担する場合には、インセンティブは自己欺瞞に有利に働く。損失を社会に支払わせ、利益が私有化されるようなシステムは誤ったリスク管理であると言わなければならない」と指摘している。

この見解に基づき倫理委員会は、他のより安全な技術で代替できる最も旧式の原発7基およびクリュメル発電所(合計出力8.5ギガワット)(注3)を即時停止することを提案し、また残りの原子力発電所についても、それぞれのリスクの大きさと地域電力網に占める重要度などに応じて段階的に稼働を停止することを提案した。ただし、予想よりエネルギーシフトに時間がかかった場合に備え、最も新しい3基は安全のためのバッファーとして2022年まで使用できるとした。

原発の停止によって生じうる電力の不足には、再生可能エネルギーの利用拡大、化石燃料利用技術の革新などのほか、エネルギー利用効率の向上やいわゆる「蓄電市場」の創設による需要ピーク時の供給予備電力の確保などの措置で対応可能としている。また、倫理委員会では、脱原発はドイツの気候保全目標(注4)に影響を与えることなく実行可能であると強調している。

さらに、倫理委員会は答申書の中で、エネルギーシフトが経済と技術の両面においてもたらす効果について言及し、「高度に発展した経済体制が必要としている更なる発展へのチャンスを脱原子力政策がもたらしうるということを、国際社会に身をもって示す可能性」への期待を表明している。

メルケル首相は、原発からの撤退を決定した2011年6月6日の閣議後の記者会見で、「正しい投資を行い、再生可能エネルギーの潜在力を完全に引き出すことによって採算性の問題を短時間にクリアできれば、エネルギーシフトは成功するはずだ」と述べ、22年までの10年以内のエネルギーシフトの成功に自信を示した。

<エネルギーシフトに向け法整備>

ドイツ政府はエネルギーシフトを推進するために、連邦議会で、原子力法や送電網整備促進法、エネルギー経済法をはじめ、建築法、エコエネルギー開発基金関連法、熱電併給法、再生可能エネルギー優先法(再生可能エネルギー法;EEG)など、幅広い分野の法律の改正手続きを進めた。

2011年夏に、まず7つのエネルギーシフト迅速化関連法案が連邦議会および連邦参議院(上院)で可決された。関連法案には、国内の原子力発電所を段階的に閉鎖し22年までに全廃することを定めた原子力法の改正案のほか、改正再生可能エネルギー法をはじめ、電力網の拡充、エネルギー節約に関する法律など幅広い内容の法案が含まれている。そのなかでも特に重要なのは再生可能エネルギー法の改正である。

ドイツの再生可能エネルギー法は、2008年10月に成立し(09年1月施行)、ドイツが再生可能エネルギー利用を強力に促進するうえで重要な役割を果たしてきた。EEGで、再生可能エネルギーによる電力の優先的な買い取りを電力事業者に義務づけると同時に、買い取り価格を規定することによって、総電力に占める再生可能エネルギー電力の割合は99年の5.4%から2010年の約17%へと3倍超の飛躍的拡大を示した。また、EEGによって従来型のエネルギー源に対する再生可能エネルギーのコスト面での不利が相殺されたことにより、再生可能エネルギー発電への投資が促進されることになった。

EEGはエネルギーシフトを見据えて2011年夏に改正された(12年1月施行)。

新法の主な改正点は、再生可能エネルギーの利用拡大目標を明確に位置づけたことにある。新たに掲げられた目標は、総電力消費量に占める再生可能エネルギーの割合を2020年までに少なくとも30%に、30年までに同50%、40年までに同65%、50年までに同80%に拡大することであり、この拡大目標が改正EEGの中に盛り込まれた。

この目標を達成するため、風力発電、バイオマスなどを中心に、送電事業者による電力の買い取り価格が引き上げられることになった。

例えば、陸上風力発電については、①1キロワット時当たり4.87セントを基本買い取り価格とし、②発電所の稼働から5年間は初期買い取り価格として同8.93セントとする、③発電所が2015年1月以前に稼働した場合には初期買い取り価格を同0.48セント上乗せする、などの点が法律に盛り込まれた。また、海上風力発電については、①基本買い取り価格が1キロワット時(kWh)当たり3.5セント、②稼働から12年間は初期買い取り価格として同15セント、③2018年以前に稼働した海上風力発電所については8年間初期買い取り価格を19.0セントとする、などと規定された。

太陽光発電については、基本買い取り価格は1キロワット時当たり21.11セントとされているが、太陽光発電の基本買い取り価格が他の再生可能エネルギー電力の買い取り価格などと比べて割高であることから、発電の効率化を促進するため、基本買い取り価格は2012年1月1日から年に9%ずつ引き下げられることになった。ただしこの引き下げ率は、年間発電量が3,500メガワット以上の発電事業者については、発電量に応じて2012年以降、毎年3.0~15.0%ポイント増やし、逆に年間発電量が2,500メガワット以下の小規模発電事業者の場合は2.5~7.5%ポイント縮小することになっている。

なお、再生可能エネルギー法により電力を割高に買い取ることにより発生する負担は、2007年で43億ユーロに上った。今回の改正により、政府は、その負担は2015年には71億ユーロにまで膨らむが、20年には59億ユーロに減少すると予測している。

そのほかEEGには、いくつもの新しい代替エネルギー促進策が盛り込まれており、例えば、海上風力発電の促進プログラムとして総額50億ユーロの融資枠が設けられた。

以上のように、ドイツは原発から撤退するエネルギーシフトを決断し、「全社会的共同事業」としてエネルギーシフトに取り組もうとしている。それでは何故ドイツがエネルギーシフトに踏み切ることができたのか(あるいは踏み切らざるを得なかったのか)、その背景を政治的な側面と経済的な側面の両面から以下に探ってみよう。(次ページに続く)

(注1)ドイツでは1998年10月に成立した社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権(第1次シュレーダー政権)下において、緑の党の要求で連立政権綱領に脱原発が盛り込まれ、2002年2月に脱原子力発電所法によって2020年代前半までに原子力発電を停止することが定められた。しかし、その後、2009年10月に成立したキリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)の連立政権(第二次メルケル政権)において、2010年10月、国内原発の稼働期間の延長が決定された。

(注2)「エネルギー・気候基金」は、再生可能エネルギー、エネルギー貯蔵、エネルギー網、電気自動車に関連する技術の研究開発促進、エネルギー効率向上措置に対する助成、電力集約型産業への助成、開発途上国や新興国、中・東欧諸国の気候保全イニシアティブ支援を主たる目的として政府によって設立された基金で、エネルギー関連企業はこのエネルギー・気候基金への支払いが義務づけられている。なお、原発稼働停止に対する補償措置の実施によって生じる基金の資金不足を補てんするため、2012年以降は、排出権取引から得られる収入がすべて基金収入に充てられることになっている。

(注3)倫理委員会は答申書の中で「2013年までに、約11ギガワットの能力を持つ化石燃料火力発電所が電力網に追加され、一方、約3ギガワットの火力発電所が老朽化を理由に電力網から外される。この生産能力の追加は、現在稼働を停止している8.5ギガワットの原子力発電所の発電能力に対応する」としている。

(注4)ドイツは二酸化炭素排出量を2020年までに1990年比で40%減、2050年までに同80%減にするという目標を定めている。

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