一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2015/06/02 No.232EUの通商政策とFTA戦略の展開(その2)-通商政策の立案・決定・交渉・協定批准プロセス-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

3つの機関が任務・権限を分担

現在、欧州委員会(その前身であるEEC委員会、EC委員会を含めて)が(注1)、WTO(世界貿易機関、World Trade Organization。その前身であるGATT)における多角的貿易交渉(GATTにおける最後のウルグアイ・ラウンドなども含めて)ドーハ・ラウンドや、本フラッシュ(その1)(No.213,2014/10/29)で取り上げた二国間または地域レベルのFTA/EPA(自由貿易・経済連携協定)交渉でEU(欧州連合)を代表する交渉当事者としての役割を果たしている。

ただし、欧州委員会が通商交渉権限を独占的に行使しているわけではない。当然、その他の諸機関と調整を積み重ねながら、通商政策を策定し、一定の交渉権限(マンデート)を得たうえで、交渉にあたる。最終的にWTOなどの国際機関や米国、日本など交渉相手国・地域との間でFTA/EPAに合意し、正式署名のうえ、EUおよび(混合協定(注2)の場合)EU加盟28カ国の批准手続きを経たのち、当該協定が発効するわけである(注3)。EU通商政策に関与する当事者として欧州委員会の他に、理事会(所管する分野に対応した10の理事会が設置されている。後述)と欧州議会があり、これら3つの主要プレーヤーがそれぞれの任務・権限を行使しながら、連携してEUの通商政策を執行していくのである。

(1)欧州委員会-政策立案・交渉・実施を担当

欧州委員会はその役割や任務の重要性から考えて、いわば行政的機能(国家の内閣組織に相当)を担っている超国家的国際機構である。欧州委員会は、主要な任務・権限の1つとして、EUを代表してWTOなどの国際機関あるいは域外国・地域と交渉を行う任務・権限を有する。前述したように、交渉権限は白紙委任で欧州委員会に与えられているものではなく、理事会による交渉権限(マンデート)の委任が必要である。また、欧州委員会は、理事会が任命する加盟28カ国通商担当官で構成される通商政策委員会(Trade Policy Committee, TPC)と緊密に協議することを求められているため、TPCが影のプレーヤーの役割を担っている(EU機能条約第207条3項)。

なお、欧州委員会が仮署名したWTOや域外国・地域との通商協定を締結・承認する権限は理事会と欧州議会に属するが、通商政策の実施権限を有する。ただし、欧州委員会が理事会と欧州議会に通商関連法案を提出する排他的権限を有する。

2014年11月に発足したユンケル欧州委員会は、EU加盟国から各1名ずつ任命された28名の委員(Commissioner、閣僚に相当)で構成されている。この中から委員長1名(ジャン=クロード・ユンケル、ルクセンブルク出身)、副委員長7名(このうち、EU外務・安全保障政策上級代表、いわゆるEU外相、フェデリカ・モゲリーニ、イタリア出身)が選出される。対外関係では、通商担当委員(セシリア・マルムストロム、スウェーデン出身)、欧州近隣政策・拡大交渉担当委員(ヨハンネス・ハーン、オーストリア出身)、国際協力・開発担当委員(ネベン・ミミツァ、クロアチア出身)がいる。日EU自由貿易・経済連携協定(日EU・FTA/EPA)交渉は通商政策担当のマルムストロム委員が主導し、貿易総局(Directorate-General for Trade、日本の省庁に相当)が同委員を全面的に補佐している。日本側のカウンターパートは、外務大臣および経済産業大臣である。各委員の任期は5年で、再選可能である。なお、欧州委員会を譴責するのは、欧州議会の権限である(EU機能条約第234条)。委員は、その出身国から離れて、また、いかなる加盟国政府やその他のEU機関からの指示を求めたり、または受けてはならないという政治的に独立したステータスを与えられており、EU全体の利益を優先して考えて行動することを義務づけられている(EU機能条約第245条)。

(2)理事会-政策決定・協定締結の権限を保持

理事会(リスボン条約以前のEU(EC)条約では、EU理事会、あるいは閣僚理事会とも呼ばれている)(注4)は、加盟各国政府を代表する権限を与えられた1名ずつの閣僚級で構成され、加盟国の国益を代表する政府間国際機関である。多くの分野で、欧州議会とともに立法的機能を担っている中心的機関である。理事会は欧州委員会の提案にもとづいて、リスボン条約(EU条約)に明示的に規定されている通商政策に関わる重要事項に対して決定を下し、規則を定める権限を持っている(EU機能条約第207条)。また、欧州委員会がWTOなどの国際協定や域外国・地域との間で合意・署名した協定を調印・締結する権限を有する。

理事会の意思決定が全会一致によって行われる時は、政府間協力的要素が強くあらわれるが、特定多数決(注5)による決定が行われる時は、超国家的要素が優勢となる。

理事会は、所管する分野を担当する閣僚が出席し、意思決定を行う。討議するテーマに応じて、複数の閣僚が出席する。リスボン条約では、あらかじめEU全体の政策調整を行う「総務理事会」とともに、対外関係を取り扱う「外務理事会」が設定された(EU条約第16条6項)。外務理事会は、前述のとおり、EUと第三国、WTOなど国際機関との間に多くの通商協定を結ぶ権限を有する。これらの協定は貿易、開発および国際協力のような幅広い分野に及んでいる。このほか、「経済・財政理事会」(Economic and Financial Affairs, ECOFIN)、「農業・漁業理事会」など8つの理事会がある。

理事会の議長国(Presidency)は半年ごとの輪番制となっており(注6)、この輪番制はEUサミットである欧州理事会から全ての下部機関にも適用されている。議長国の役割は任期中の議題とその優先順位を設定し、必要に応じて合意形成のため事前に加盟国首脳と会談するなど近年大幅に増加しつつある。

また、常駐代表委員会(コレペール,COREPER:Committee of Permanent Representatives, Comité des représentants permanents)は、理事会の下部機関として理事会の権限と機能の継続性や一貫性を確保しつつ、増大する理事会の負担を軽減するために設置されたものである(EU条約第16条7項)。各加盟国の常駐代表(大使,公使級高官)から構成されており、理事会より委任された職務を遂行することによって、EUの実質的な政策決定機関の役割を担っている。

(3)欧州議会-協定承認権限を行使

欧州議会は、EUの諸活動に対して、民主的なコントロールを行うための諮問・監督機関として非常に重要な機能を担っているが、1979年6月の直接選挙実施以後、いちじるしく制限されていた立法的権限の拡張を強く要求するようになった。これは欧州議会が行政的機関としての欧州委員会と立法的機関としての理事会を統制することが民主主義の制度的な保証であると考えられているからである。民主的統制手段として、新しい欧州委員会の委員長と委員を全体として承認、欧州議会議員の投票総数の3分の2以上、かつ議員総数の過半数の賛成で罷免する権利をもつ(EU機能条約第234条)。欧州議員数は751名(2014年5月の欧州議会選挙結果による)、任期は5年である。

欧州委員会と理事会が通商政策立案プロセスの中核を担っていたが、リスボン条約発効後は、立案プロセスや交渉結果の受諾プロセスに欧州議会がこれまで以上に深くかかわるようになっている。すなわち、FTA / EPAの締結には、欧州議会の同意(承認)が必要である(EU機能条約第218条6項)。

FTA/EPA交渉・批准のプロセス-日EU・FTA/EPA交渉の事例

(1)FTA/EPA準備・交渉段階
EUのFTA/EPA交渉のプロセスは些か複雑である。EUの行政執行機関である欧州委員会、EU加盟国の閣僚で構成される、最終的な決定権限を有する閣僚理事会、FTA/EPA承認権を有する欧州議会が緊密に連携をとりながら交渉相手国・地域との協議が進められる(注7)。EUのFTA/EPA交渉・協定批准プロセスの概略を示したものが、別表である。2013年4月から交渉が開始された日EU・FTA/EPA交渉の事例を参考にして説明してみよう。

別表 EUのFTA/EPA交渉・協定批准プロセス

 

欧州委員会

理事会

欧州議会

準備

1.スコーピング作業
・影響評価(公開諮問など)
2.交渉指令案を理事会に提案

3.交渉開始を決定

 

交渉

4.交渉

5.定期的に情報提供を受ける

交渉妥結

6.交渉妥結
7.妥結内容の条文化
8.交渉代表による協定の仮署名
9.妥結・協定署名の決定を理事会に提案

10.署名権限を付与、暫定適用を決定(混合協定)

 

11.正式署名

12.理事会が署名承認を要請・協定全文に合意する決定案を送付

17.協定発効のモニター

14.混合協定・全加盟国による批准・暫定適用
15.協定妥結の最終決定の採択
16.協定の公表・発効

13.同意手続き・委員会・総会での投票

(注)1~17は交渉・協定批准の順序を示している。
(出所)European Commission(2013) ,Trade negotiations step by step(DG Trade, September 2013)などから作成。

まず、日EU・FTA/EPA交渉の準備段階として、欧州委員会が2010年9月~11月にかけて、今後の日EU貿易・経済関係の方向性に関するパブリック・コンサルテーションを実施、日EU・FTA/EPAについてEUの利害関係者(政府・公共機関、業界団体、企業、NGO,市民など)から意見の聴取を行っている(注8)。その後、2011年5月に日EU・FTA/EPAの影響評価や交渉範囲や交渉日程などの大枠を確定する「スコーピング作業」(予備交渉)を実施したのちに、2012年5月、EU外相(貿易相)理事会はスコーピング作業が終了したことを宣言した(注9)。

その後、欧州委員会は同年7月、理事会に交渉を開始するための交渉権限(マンデート)の付与を求めた。EU外相(貿易相)理事会は同年11月、欧州委員会に対して日本との交渉権限(マンデート)を付与することを決定、漸くにして交渉開始に向けた環境が整った。この間、欧州議会は同年6月、欧州委員会の通商担当委員(カレル・ド・ヒュフト委員、当時)の説明に対して、自動車や医薬品、公共調達などに対する非関税障壁の撤廃に取り組む日本側の姿勢について疑問が出され、直ちにEU理事会がマンデートを付与することに反対する決議を採択、2013年3月の日EU定期首脳協議で交渉を開始することが正式に決定された。

こうした、いわゆる交渉の準備段階を経て、日EU・FTA /EPAの本格的交渉が開始された。欧州委員会は共通通商政策を所管する貿易総局の首席交渉官以下のチームで交渉にあたっている。毎回の交渉会合後に、理事会と欧州議会は欧州委員会から交渉の進捗状況について同時に報告を受ける。これまでに第1回交渉会合(2013年4月、ブリュッセル)、第2回会合(2013年6月、東京)、第3回会合(2013年10月、ブリュッセル)、第4回会合(2014年1月、ブリュッセル)、第5回会合(2014年3月、東京)が開催されている。EUは、それまでの交渉進捗レビューを行った。EU外相(貿易相)理事会は2014年5月、欧州委員会から過去1年間の日本との交渉の進捗状況について説明を受けた。また、欧州委員会は日本側の非関税障壁撤廃と政府調達の取り組み状況に関する報告書の概要を説明した。EU理事会は、日本との交渉を継続するかどうかの可否を理事会が任命したEU加盟28カ国通商担当官僚で構成される通商政策委員会(Trade Policy Committee, TPC)で議論するよう要請した。その後、欧州委員会は、交渉継続するとの方針を決定し、交渉会合は現在、第2ステージに入っており、第6回会合(2014年6月、東京)が再開されて以降、10回(2015年4月)会合が行われている。日EU首脳間で2015年中の交渉終了を目指すことで合意している。

(2)交渉妥結・FTA/EPA批准段階
この先の妥結・署名・批准段階のプロセスを簡単に説明しておくと以下の通りである。日EU間での大筋合意ができると、欧州委員会は協定案に仮調印し、欧州委員会から欧州議会および理事会に速やかに報告され、合意文書がEU28加盟国に送られる。その後、欧州委員会の提案を受けて理事会が署名と交渉の終了を決定すると、通常は欧州委員会通商担当委員によって最終的に署名が行われる。署名後、協定は欧州議会に送られ、承認される。ただし、リスボン条約は、欧州議会に最終的なFTA/EPA締結の可否の権限を付与したことによって、交渉相手国からみれば、EUの通商政策の関する意思決定プロセスに新たに不確実性を生むこととなった。つまり、日EU間で合意ができても欧州議会でその合意が否決されることもあり得るということである(注10)。

現時点で日EU・EPA/FTA内容は確定していないが、もし、EUの排他的権限がある分野のみならず、加盟各国に権限がある分野が協定内容に含まれる混合協定であれば、EUおよび加盟各国も署名および批准する必要があり、各国の批准に数年かかることもある。ただし、EU韓国FTAのように、関税の撤廃など、EUが排他的権限を持つ分野についてのみEUの批准手続きを終了し、暫定適用という形で協定を発効させている。

注・参考資料:

1)1967年7月発効のブリュッセル条約によって、ECSC(欧州石炭共同体)、EEC(欧州経済共同体)、EAEC(欧州原子力共同体)の3つの行政執行機関は単一の委員会に、意思決定機関は単一の理事会に統合されて、3共同体をEC(European Communities,欧州共同体)と総称するようになった。したがって、従前のEEC委員会に替わってEC委員会と称することとなった。その後、1993年11月のマーストリヒト条約発効以降は、欧州委員会と称する。

2)EUのみが立法できる分野と、加盟国が立法できる分野を含むEPA/FTAを「混合協定」と称している。

3)日本など第三国・地域あるいはWTOなど国際機関との協定を交渉する場合の手続きについては、EU機能条約第207条3項および第218条の規定に基づく。

4)1)を参照のこと。

5)2014年11月以降、特定多数決は、少なくとも15カ国以上の加盟国で、かつ、EU人口の少なくとも65%を占める加盟国を含み、なおかつ少なくとも理事会構成員の55%以上と規定されている。

6) 議長国の順序は以下の通りである。2015年1~6月ラトビア、7~12月ルクセンブルク、2016年1月~6月オランダ、7~12月スロバキア、2017年1~6月マルタ、7~12月英国、2018年1~6月エストニア、7~12月ブルガリア、2019年1~6月オーストリア、7~12月ルーマニア、2020年1~6月フィンランド、以後未定。

7) 近藤嘉智(2014)「米国と欧州連合(EU)の貿易政策立案過程及び政策目的に関する比較分析(4)EUにおける貿易政策立案過程(後編)」『貿易と関税』2014年12月号、15~20ページ。3)を参照のこと。

8)ジェトロ(2011)「日EU通商・経済関係に関するパブリック・コンサルテーションの結果」(ユーロトレンド2011.4)。

9)ジェトロ(2012)「日EUのFTA交渉開始の提案と影響評価」(ユーロトレンド2012.11)。

10)近藤(2014)19~20ページ。

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