一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2015/12/08 No.258VW排ガス不正の衝撃(その2)-未曽有のリコール規模、失速する販売-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

不正対象車は1,100万台に

VW(注1)排ガス不正は、設計ミスなどの過失ではない悪質な手法である。現時点では、誰が不正ソフトの組み込みを命じたのか明らかになっていないが、マルティン・ヴィンターコーンVW社長・CEOが引責辞任した。一部の技術者たちが、排ガス規制が世界で最も厳しい米国での試験に合格するために、故意に規制逃れの不正を行ったとの見方が有力である。

米環境保護局(EPA)が去る9月18日、VWが試験の際に排出ガス量(NOX)を少なく見せかけるソフトウェアを一部のディーゼル車に搭載していたと指摘したことで不正が発覚した。

EPAによると、VWと傘下の独アウディで2009年から2015年に販売された2リットルのディーゼルエンジン「EA189 」を搭載した「ゴルフ」「ゴルフ・スポーツワゴン」、「ビートル」「ビートル・コンバーティブル」、「ジェッタ」「ジェッタ・スポーツワゴン」、「パサート」、「アウディ・A3」の5車種が、排ガス試験(NOX)をクリアするため検査中だけ排出ガス量を減らす違法なソフトを搭載していたというのである。EPAは、ディーゼル対象車48万2,000台をリコール(無料の回収・修理)するよう命じ、VWもこれら対象車種の販売停止を直ちに決定した。

その後、米カリフォルニア州大気資源局(CARB)は11月25日、VWグループの排気量3リットルのV6ディーゼル車7車種の1万5,000~6,000台にも新たに不正が見つかったと発表、不正対象車がさらに膨らむことになった。CARBによると、VWの多目的スポーツ車(SUV)「トゥアレグ(2014年モデル)」、高級車ポルシェ「カイエン(2015年モデル)」、アウディ「A6クワトロ」「A7クワトロ」「A8」「A8L」「Q5」(すべて2016年モデル)などが含まれる。今回の対象車は3リットルの車種でも、2014年モデル以降について違法ソフトの搭載が発覚した。米国で11月末時点で不正が指摘されている2009年~2016年モデルの3リットル車の台数は、今回の分を含めて約8万5,000台に上るものとみられる。CARBの発表に対して、VWは直ちに「3リットルのエンジンに不正ソフトウェアは搭載していない」と否定していたが、最終的にはCARBが押し切った。

当初は、排ガス不正が米国に限られたもので、VWへの財務的な影響は限定的だと考えられていたが、VWが9月22日、対象車両が世界で最大1,100万台に上る可能性があると発表、未曽有の規模に及ぶことが明らかになった(図1)。VWは欧州での不正対象車は800万台程度であるとしていたが、50万台を自主的にリコールすることにしたため、不正対象車は850万台と一段と膨れ上がった(注2)。

さらに、VWは11月3日、欧州で販売された車両について二酸化炭素(CO2)排出量の不正が見つかったと発表した。対象車種は現時点では約80万台で、大半がディーゼル車であるが、窒素酸化物(NOX)の不正が見つからなかったガソリン車も9万8,000台含まれる模様である(注3)。ただし、不正対象ディーゼル車1,100万台との関係は現時点では不明である。ガソリン・エンジンを搭載したモデルでも不正が見つかったことから、VWは一段と苦境に追い込まれることは必至である。こうした不正の連鎖に、各国の関係当局や業界団体、ユーザーなどからVWの対応に不信感が強まっている。VWは年明けからリコールを開始する予定であるが、対象車種や台数が膨らんだことで混乱も予想される。とくに、事態が大いに深刻なのは、不正が発覚した米国よりも、むしろディーゼル車の比率が高い欧州である。この点については、次回のレポートで報告する。

1  VW排ガス不正対象車の国別台数

(出所)週刊東洋経済(2015/11/07)58ページ。

膨らむリコール・訴訟費用・罰金規模

米国以外でもVWのディーゼル車の法令違反について調査を始める動きが広がっている。ドイツ運輸省が調査に入った他、イタリア、スイス、カナダ、フランス、オーストラリア、インド、中国、韓国など10カ国以上の関係当局も調査開始を発表した。EUは10月28日、欧州で販売する自動車の排ガス試験を2017年9月から厳格化することで合意した。

っているとの情報もある(注6)。今後の最大の焦点は事態を収拾する費用がどこまで膨らむかということである。VW不正は、リコール費用や各国での制裁金や訴訟規模の膨らみから、780億ユーロ(クレディ・スイス証券試算)から(注4)1,000億ユーロまで膨らむとの見方もある(注5)。VWは、リコール対応費用として、すでに65億ユーロを引き当てている。VWは新たに見つかったCO2不正の対策費用として追加的に20億ユーロを計上すると発表したが、更なる費用負担は避けられないだろう。VWが不正対策費として350億ユーロ超と見積もっているとの情報もある(注6)。

EPAは、制裁金を科す権限を持っており、VWは米国だけで、180億ドルの制裁金支払いを迫られる可能性がある。米国各地で、顧客らが集団訴訟を起こす準備を進めているが、こうした動きは、今後は欧州やオーストラリアなどにも広がっていくものとみられる。

VWが10月28日発表した本年第3四半期決算は、最終損益が17億3,100万ユーロの赤字(前年同期は29億2,800万ユーロの黒字)で、排ガス不正を受けたリコール費用の引当金が影響した。2001年以降で初めて四半期で赤字に転落した。また、1-9月期の純利益は前年同期比55.0%減の38億2,700万ユーロと大幅な減益となった。今後、対策費用が膨らむことは必至であり、12月期の通期でも赤字に陥る可能性がある(注7)。

本年9月末時点のVWの自己資本は936億ユーロと財務体質は強いので、一時的な費用負担には耐えられるだろう。しかし、最大の問題は、販売台数の減少がどの程度の規模で、どの程度の期間に及ぶかであろう。新興市場で急成長したVWの販売はすでに不正発覚前から頭打ちを示している。工場の新増設を続けた中国での販売は景気減速に直撃され、ブラジル、ロシアでも販売不振に苦しむ。販売不振と業績悪化が長引けば、研究開発や設備投資に資金を回す体力を奪われかねず、VWは深刻な経営危機に追い込まれる可能性も出てくる。

不正発覚後、販売は失速気味

不正発覚後のVWの販売面での影響が、10月の販売実績で出始めている(表1,表2 )。10月のVWグループ全体の世界販売台数は、前年同月比3.5%減の83万1,000台で、前年割れは7ヵ月連続である。VWグループ全体の約6割を占める主力のVWブランド乗用車が5.3%減の49万台と大きく落ち込んだことが影響している。ただ、アウディは2.0%増の14万9,200台、ポルシェは18.2%増の1万8,700台であったので、VWグループ全体の1-10月の世界販売の累計は前年同期比1.7%減の826万2,000台の小幅な減少にとどまった。年間1,000万台の達成は微妙な状況である。

米国市場では、10月の新車販売台数でVWブランド乗用車の伸びは前年同月比で0.2%増の3万387台にとどまった。米自動車市場全体の伸びが13.6%増と好調であったことから(10月の販売台数145万5,516台は、2001年以来14年ぶりの高水準)、VWの不振が目立った。ライバルのトヨタの13.0%増の20万4,045台、GMの15.9%増の26万2,993台と大きく水をあけられた。ただし、VWグループの高級車アウディは前年同月比16.8%増の1万7,700台、ポルシェは同11.0%増の4,070台と販売増となったので、VWグループ全体の10月の販売台数は、前年同月比5.7%の5万2,157台であった。また、VWブランド乗用車の1-10月の販売台数の累計は、前年同期比2.2%減の29万4,602台、VWグループ(ポルシェ、アウディ)は前年同期比3.4%増の50万3,075台であった(注8)。

VWグループの米国でのシェアは3.5%と少ないが、世界第2位の自動車市場での失速は経営にも痛手だが、中国に次ぐ世界第2の市場であり、VWが1987年のペンシルベニア州ウエストモアランド工場の閉鎖のように、完全に撤退することは考えられない(注9)。

信用不安からの回復傾向を示している欧州(西欧)での10月のVWグループの販売台数は、前年同月比1.2%減の28万台にとどまった。また、1-10月の販売台数の累計は、前年同期比5.5%増の290 万2,000台であった。欧州自動車工業会(ACEA)によると、欧州(EU+EFTA)の10月の販売台数が前年同月比2.7%増の伸びを示しているところから、VWグループの販売台数は失速気味である(注10)。他方、VWブランド乗用車の10月の販売台数は、前年同月比1.3%減の12万3,000台、1-10月累計では前年同期比5.5%増の126万9,900台を記録した(注11)。

中国市場はVWにとって世界販売の4割弱を占める最重要拠点である(10月のシェア37,5%、1-10月のシェア35.0%)。VWグループの10月の新車販売台数は前年同月比1.6%増の31万2,200台と、減税効果もあって回復した。また、1-10月の販売台数の累計は前年同期比4.5%減の289万台となった。他方、VWブランド乗用車の10月の販売台数は1.8%増の23万4,000台、1-10月の累計販売台数は6.5%減の214万8,000台で、不正発覚による影響よりも中国の消費市場の停滞の影響の方が大きい状況である。

表1 VW・トヨタ・GM各グループの世界販売台数(全世界、1000台、対前年比増減、%)

2011年2012年2013年2014年2015年1-10月2015年10月
VWグループ8361
-14.9
9345
-11.8
9728
-4.1
10217
-5
8262
(▲1.7)
831
(▲3.5)
トヨタ・グループ7947
(▲5.6)
9747
-22.7
9980
-2.4
10231
-4.3
8353
(▲1.5)
907(注2)
-0.2
GMグループ9024
-7.6
9288
-2.9
9722
-4.7
9,925
(2.1)
7,151(注1)
(▲1.3)
n.a
(注1)GMグループは1-9月の数値を示す。
(注2)世界生産の数値を示す。
(出所)VW,トヨタ、GM各社の年次報告・決算報告などから作成。

表2 VWグループの2015年1-10月の地域別販売台数(1,000台、対前年比、%)

地域・国2015年10月前年同月比2015年1-10月前年同期比
欧州335-
142
▲1.5
(▲1.1)
3409
-1441
3
-2.7
西欧280
-123
▲1.2
(▲1.3)
2902
-1270
5.4
-5.5
ドイツ114
-55
0.5
-1.9
1085
-503
4.1
-4
中東欧55
-19
▲3.0
-0.5
507
-171
▲8.9
(▲14.6)
ロシア15
-7
▲31.0
(▲25.7 )
142
-63
▲37.0
(▲39.0)
北米81
-51
6.8
-3.5
774
-495
5.9
-2.6
米国52
-30
5.7
-0.2
506
-295
3.4
(▲2.2)
南米44
-35
▲38.1
(▲41.8)
484
-399
▲26.4
(▲27.2)
ブラジル29
-24
▲47.4
(▲49.6)
337
-291
▲34.9
(▲34.4)
アジア・太平洋337
-245
▲0.5
(▲0.9)
3215
-2322
▲3.8
(▲6.1)
中国312
-234
1.6
-1.8
2890
-2148
▲4.5
(▲6.5)
世界831
-490
▲3.5
(▲5.3)
8262
-4840
▲1.7
(▲4.7)
(注)カッコ内はVWブランド乗用車の数値を示す。
(出所)VW News(Wolfsburg,2015/11/13)から作成。

日本でのVWの10月の販売台数は前年同月比48.0%の大幅減の2,403台となった。独メルセデス・ベンツは前年同月比4.0%減にとどまり、4,109台で首位を確保し、2位の独BMWは前年同月比10.0%増の3,190台と、VWとは対照的な実績を示した(VWグループのアウディは29.4%減の1,403台、ポルシェは69.5%増の444台)。1―10月の販売台数の累計は、メルセデス・ベンツが前年同期比11.7%増の5万3,775台、BMWは同2.8%増の3万7,230台に対して、VWは同14.7%減の4万6,596台にとどまり、VWは2000年以降輸入外国車の首位の座を守ってきたが、本年はメルセデス・ベンツに首位の座を明け渡す可能性が大きい (注12)

。次回はVW再生の課題について取り上げる(次回に続く)。

注・参考資料:

1. VWグループを指す

2. Reuters(2015/10/13)

3. Reuters(2015/11/04)、Reuters(2015/11/05)

4. 週刊東洋経済(2015/11/05)59ページ。

5. Financial Times(2015/10/05)

6. Reuters(2015/10/26)

7. VOLKSWAGEN ;Interim Report-January-September2015(2015/10/28)

8. Autodata; U.S. market Light Vehicle Deliveries-October(2015/11/03)

9. Financial Times(2015/10/08)

10. ACEA; Provisional New Passenger Car Registrations by Market(Press Release,2015/11/17)

11. VOLKSWAGEN News(Wolfsburg, 2015/11/13)

12. 日本自動車輸入組合(JAIA)発表(2015/11/06)

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