一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2002/02/22 No.26強いアメリカの自画像(その2)
——米国の圧倒的軍事「覇権」が意味するもの——

木内惠
国際貿易投資研究所 研究主幹

 「舞い降りた鷲」——前回レポート(フラッシュ25「強いアメリカの自画像(その1)−インデペンデンス・ディの寓意−」)で紹介したポール・ケネディ論文のタイトルは、それ自体、今日の世界における米国の地位をあらわす記号だ。白頭鷲は米国の国鳥。1ドル紙幣の裏面に描かれた鷲の広げた翼は常に臨戦体制にある米国を表現。両足に握られた矢とオリーブの枝はそれぞれ戦力と平和を表している。
 米国が今回のテロ勢力撲滅作戦を当初「高貴な鷲」(ノーブル・イーグル)と名付けたのは何故か。鷲は「強いアメリカ」のシンボルそのもの。これに「高貴な」の形容詞を付すことにより、強いアメリカが正義のために戦うイメージ喚起を狙ったことは想像に難くない。

 誇り高い白頭鷲が地上を睥睨しながら大空高く飛翔する。その鋭い眼が、地上に邪悪なるものを見つける。鷲は翼を翻し、敢然と地上に舞い降りる。悪しきものを除去し、この地に正義と平和を取り戻すためだ——これがアメリカ人の深層心理に潜む心象風景を形成する一要素になっていると、私には思われる。

非対称的攻撃に対する脆弱性

 米国への攻撃は思わぬ所からやってきた。ポール・ケネディは続ける。

「これほどの力を備えた国を攻撃しようとするのは狂気の沙汰だと考えるのが普通だろう。しかし、9月11日、米国を憎悪する原理主義者は、まさにそれを実行し、世界のナンバーワン国家をよろめかせ、深く傷付けたのである。」

「その後数週間、世界中の戦略問題専門家たち(筆者自身を含む)は、「非対称的攻撃」に対する米国の弱みについてあれこれ論じたてた。これは、通常兵器ではとても米国に太刀打ちできない敵が、特異な手段を用いて米国に打撃を与える可能性のことであり、今でもその可能性は十分にある。」

恐るべし、米艦隊の機動力

 ケネディは、戦闘集団の規模だけではなく、「大兵力を展開する反撃を敢行」するに当たって示した迅速なる行動能力にも、驚きを隠さず、次のように書く。

「米国海軍艦船の所在位置は、9月11日までは、米海軍の中央ウェッブサイトで知ることができたが、テロ攻撃に伴って閉鎖された。ところが、ほかならぬエンタープライズのサイトから、エンタープライズ戦闘集団の1月中旬までの補強状況を知り得たのだ。それによると、巡洋艦2隻、駆逐艦とフリゲート艦が合計6隻、攻撃用潜水艦2隻、さらに2隻の水陸両用船と兵士達、そして補給船が巨大な旗艦に随伴していた。総計15隻の艦船と14,300人の要員である。それに加えて、他艦隊の空母——アフガニスタンの空爆にあたる戦闘爆撃機等の母艦およびヘリ/海兵隊の輸送艦——も戦列に参加していた。」

「これらの戦闘装置の行動範囲はまことに驚嘆すべきものだ。たとえば、エンタープライズに合流したキティー・ホークは、横須賀でオーバーホール中だったが、6000マイルをきっかり12日間で航行し、海兵隊および特殊部隊の活動を支援する『前進基地』配備についた。また、戦闘地域に投入された兵力は、米国本土のみならず、日本、中部太平洋、英国、ドイツ、イタリー、中東その他の地域の基地から派遣されたのだ。」

大英帝国以来の基地網

 当代一流の文明史家、ケネディは、上記をもって「これほど広範囲に及ぶ基地網は、1世紀前の大英帝国最盛期以来のことである」と断じる。以上のことからケネディが導き出した所見は、軍事分野では米国の圧倒的な覇権の確立、?米国と他列強間との非対称性の露呈——の2点に集約される。

唯一の主要プレーヤー

 まず、米国の軍事的覇権についてケネディは次のように述べる。

「オサマ・ビン・ラーデンが世界の唯一の超大国を攻撃した結果、彼とそのネットワーク、そして彼の支持者たちは当然の罰を受けることになったのだと言うのは簡単だが、この結論はほとんど的外れだ。もっと重要な教訓は、軍事に関しては、今や米国だけが重要なプレーヤーになったということであり、これは、ロシアと中国の軍部を驚愕させ、インドには心配の種となり、欧州共通防衛政策の唱道者たちの気をもませることにもなったのである。」

 米国の軍事覇権の持つ本質的な意味についてのケネディの喝破は極めて示唆的である。この文明史家の眼は、過去と未来の座標軸から成るキャンバス上に今日の米国の地位を描く。ケネディは更に続ける。

他列強との非対称

「米国と国際テロリズムないしならず者国家との戦いは確かに非対称的かもしれないが、おそらくそれよりはるかに重要な非対称性が出現しつつあるのだ。すなわち、米国とその他の列強諸国との間の非対称性である。このような事態が生じた最大の理由は国防支出の規模の差である。過去10年以上前から、米国の国防支出は、金額でもあるいはGDPに対する比率の面でも、他の諸国より高い水準を続けてきた。現在米国の国防支出の規模は、米国に次いで国防支出の多い9カ国の支出額の総計よりも大きくなっている。一国がこれほど圧倒的な力の優位を持ったことは歴史上類例を見ない。」

 こうした米国の覇権的地位の永続をケネディが信じているわけではない。米国の現在の地位が失われた時に世界はどうなるのか、この文明史家は地平のかなたに何を見ているのか、米国が今日享受している特権的地位に対する「恍惚」と「不安」とは何か——これらについては、次回報告「強いアメリカの自画像(その3):撰ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」としてお届けする予定である。

 この週末はケネディの代表作「大国の興亡」を改めて読み直すつもりである。

※関連サイト

  1. フラッシュ25 「強いアメリカの自画像(その1)—インデペンデンス・デイの寓意—」

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