一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2016/09/15 No.291踊り場のメコン経済…現状と展望(2)産業人材の不足は短期的かつ長期的課題

高橋与志
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
広島大学大学院 国際協力研究科 准教授

CLMVの投資環境をタイと比較すると、際立って悪いのは「法制度の未整備・不透明な運用」 、「行政手続きの煩雑さ」、「税制・税務手続きの煩雑さ」など、行政に関わる項目が依然上位を占めている点である。許認可をめぐる政府関係者への賄賂などが依然としてCLMVでは問題となっている。

高い電気料金と電力不足も共通している。カンボジアはタイやベトナムから、ベトナムはラオスから電力を輸入しており、電力料金が高いのに加え、夏場の停電もよくある。

CLMVの投資メリットである人件費の安さも、最近では失われつつある。カンボジアでは、ここ数年最低賃金が上昇している。2015年1月から縫製・製靴の工場作業員の最低賃金(月)が128米ドルと、2年ほどの間に2倍以上にまで上昇したという。ミャンマーの縫製産業では、10年前は約月20米ドルだったものが、現在は月90米ドル近くまで上昇している。しかも、中国の労働者と比べて生産性は半分程度である。9月初めに、マンダレーの工業団地で訪問した中小企業では、100米ドル相当の月給に加えて寮やオートバイまで用意しないと労働者を確保できないと嘆いていた。

ITIメコンサプライチェーン研究会は8月末から9月初めにかけてラオスとミャンマーで現地調査を行った。研究会の委員長である広島大学大学院国際協力研究科高橋与志准教授にCLMVの投資環境、産業人材について聞いた。(聞き手:大木博巳ITI研究主幹)

製造業の中核を担う人材の不足

Q.CLMVの投資環境は、タイと比べて、良好とは言い難く、CLMVは製造業の投資を呼び込むことができるかという疑問がわいてきますがいかがでしょうか。

‐ベトナムは、TPP効果やサムスン効果で少なくとも一部の産業ではブームに近い状況が起こっています。その点で、他の3か国とは状況が異なっているようです。

8月末と9月初めにラオス、ミャンマーの日系企業・地場企業を訪問しました。そこで感じたのは投資環境全般に改善が必要であることですが、私の専門分野である人材育成についても製造業を担う技術者や中間管理者が不足していることが確認できました。投資がなければ実践的な人材も育ってこない面はあります。ただ、公的セクターの関与を含め長期的に教育・研修機関を充実させるなど産業人材育成に必要な社会的インフラを築いていくことが、投資を呼び込み定着させるためには不可欠と考えられます。

Q.日系企業のタイ+1が思っていたように広がっていない原因はどこにありますか?

タイ側の要因によるところが大きいといえます。タイの賃金上昇や洪水のような一時的な要因によって一定の投資の波がありましたが、タイ国内の景気悪化で設備稼働率が落ち周辺国に展開する必要性が弱まっています。

より根本的な要因は受け入れ側の問題です。日系企業のタイ+1進出はタイの生産拠点の分工場という位置づけなので、タイ側の状況に左右されやすくなります。分工場とせざるを得ない状況を変えていくには、地場企業が育っておらず現地調達率が低い状況を根気強く克服することが求められます。

Q. 根底には製造業で即戦力となる産業人材が絶対的に不足していることがあるようですが、具体的には?

‐特に、中間管理者や技術者の数が不足しています。高等教育、企業内研修、職務経験の質の全てにおいて、こうした中核人材を育てていくような社会的なインフラがまだまだ発展途上です。繰り返しになりますが、長期的な産業人材育成インフラを構築していくことが重要です。これに対して、現在の限られた人材を大事にしてキャリアを積んでもらい、中核人材を育てる側になってもらうための取り組みは、教育・研修機関だけでなく企業も含めてすぐにでも着手すべき短期的な課題と言えます。

日本センターを通じた人材育成

Q. CLMVの人材育成には、日本をはじめ欧米の開発援助機関が積極的に支援をしています。日本はどのような取り組を行っていますか?

‐CLMVの政府も問題は認識していますが、個別具体的に何をしていけばよいか処方箋がはっきり分かっているわけではありません。日本をはじめとする先進諸国やタイなどの新興国を含めた経験を十分に吟味して、企業の視点を取り入れながら進めていく必要があります。

日本の4か国における産業人材育成分野の協力は、工学系をはじめとする高等・職業教育への支援に加えて、各国の「日本センター」を通じたビジネススキル研修の展開に積極的である点が際立っています。国によって若干濃淡はありますが、「センター」では日本的経営や管理手法に重点を置いている点も特徴といえるでしょう。ドイツが職業教育をはじめ技術・技能面に比較的力を入れているのと比べると違いがあるようにも思われます。一方で、中核人材を育てる人材づくりであるTraining of trainersが重視されていることは共通点といえるでしょう。

もう1点、直近の動きを紹介すると、ミャンマー日本人材開発センターではヤンゴンだけでなく、一定の産業集積があるマンダレーを拠点に地方への展開を図っています。今後は民間の取り組みではなかなか対象となりにくい地域を含む面的な活動の広がりが期待されます。

ベトナムを戦略拠点に

Q.CLMVで日本的なものづくりを定着させるには、何をすることが必要でしょうか。

‐日本的なものづくりをいわゆる「摺り合わせ型」に類する方法と考えると、必ずしも現地の主な産業人材のニーズに合わない部分も出てきそうです。ただ「摺り合わせ型」商品および人材にも世界的にそれなりの需要はあり続けるでしょうから、日本企業のやり方を理解する産業人材が一定の厚みを持つことは現地にとってもメリットがあるはずです。もちろん日系企業にとっても望ましいビジネス環境となるでしょう。

タイの自動車産業ではかなりの程度、こうした状況が実現したと評価できます。CLMVで国際水準に一番近く、サプライチェーンが発展しているのはベトナムです。ですから、まずはベトナムで日本的なものづくりに対する評価を高めていくことが戦略的には重要だと感じられます。「摺り合わせ」の典型的なモデルになり得る自動車産業が相対的に弱いことはマイナス要因かもしれませんが。雁行形態論ではありませんが、タイやベトナムの産業高度化がさらに進み、一定の技術・技能が必要な工程を含めてタイ+1、さらにはベトナム+1展開が必要になってはじめて、CLMで地場企業を含めた国際的なサプライチェーンが機能する可能性が出てきます。そのための官民の取り組みを根気強く進めることによって、長期的に日本的なものづくりの展開・定着を見通していくことができるのではないでしょうか。

(本報告は、公益財団法人JKAの助成を受けて実施したラオスとミャンマーにおける現地調査に基づいている。)

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