一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2016/12/05 No.308もう一つの大統領選挙結果:一般投票ではクリントンの圧勝

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

11月28日、未確定だったミシガン州の最終投票結果が州務長官から発表され、トランプの当選が再確認された。これで全州の選挙結果が発表されたことになるが、報道機関によって州別の得票数などに差があるだけでなく、まだ数字が揺れ動いている。最終的には国立公文書館(NARA, National Archives and Records Administration) のデータが公式なものになるようだが、同館の発表はまだまだ先のことになる。このため、選挙結果をどの機関よりも詳しく分析し、発表していると思われる Dave Leip’s Atlas of U.S. Presidential Elections を使って2016年大統領選挙の結果をみてみよう。

クリントンは得票数ではトランプを255万票上回る

12月4日現在、得票率はクリントン48.01%、トランプ46.13%。クリントンはトランプを得票率で1.88%ポイント、得票数で255万票も上回った。この得票差は、2000年のブッシュ対ゴアの選挙の得票差54万票(投票総数の0.51%)の実に5倍である(下記の表参照)。

米国の大統領選挙制度は、大統領選挙人の過半数を獲得した候補者が勝利を収め、一般投票の得票数は選挙結果に全く影響しない(1804年制定の憲法修正12条)。しかし、今回のように255万票も多く得票した一般投票の勝者が大統領選挙に落選し、敗者となった候補者が当選するという現実は、改めて大統領選挙制度の問題点を示している。

そもそも、18世紀末、米国憲法制定時に最も議論になった難題のひとつが大統領の選出方法であった。憲法起草者たちは、激論の末、国民は最高の資質をもつべき大統領を選出する能力に欠けるだけでなく、国土の広さから全国統一の選挙を行うことは不可能と判断し、賢明で卓越した市民団に大統領の選出を委ねる方法を考案した。これが現在も続いている大統領選挙人団(electoral college) による間接選挙制度である。これにより、有権者は特定の大統領候補者への支持を誓約した選挙人を選出し(投票は11月の第1月曜の次の火曜日)、選出された選挙人が各州の州都で大統領を選出する(同様に12月の第2水曜日の翌週の月曜日)。

選挙人の人数は各州の連邦上下両院議員数の合計と同数(最少3人)と規定された。首都ワシントンにも3人の選挙人が割り当てられているが、これは1961年制定の憲法修正23条によるものである。1964年以降、米国全体の選挙人数は、上院議員100人(州人口の多寡に拘わらず各州2人)、下院議員435人(10年毎の国勢調査により議員数を州別に再配分するが、最低でも1人)、これに首都ワシントンの3人を加えた538人である。538人の過半数270人以上の選挙人を獲得した候補が大統領に当選するが、メイン州とネブラスカ州を除くその他の州と首都ワシントンでは、一般投票の勝者がその州の選挙人のすべてを獲得する「勝者総取り方式」 (winner-take-all basis) を採用している。

なぜこれほど大きな票差が生まれたのか

今回の選挙で勝者と敗者の間に255万票もの差が生じた要因は、人口の多い州における選挙が稀にみる接戦となり、1票でも多く得票した候補者がその州の選挙人のすべてを獲得したからである。トランプが勝ったが、クリントンとの得票率差が2.0%以下だった州は、ミシガン州(選挙人16人)0.22%(得票差は1万704票)、ウィスコンシン州(10人)0.81%(2万4,081票)、ペンシルバニア州(20人)1.05%(6万4,403票)、フロリダ州(29人)1.19%(11万2,911票)の5州である。

勝者総取り方式のこれら5州で、仮にクリントンが接戦を制していれば、全米で獲得した選挙人はクリントン307人、トランプ231人となり、クリントンの勝利となる。いまペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンの3州については、緑の党が再集計を要求しているが、これら3州で結果が逆転した場合でも、獲得選挙人数はクリントン278人、トランプ260人で勝者はクリントンになる。

クリントン選挙陣営は、緑の党が提起した少なくともウィスコンシン州の再集計要求には加わるが、選挙結果がひっくり返るようなことはほとんど期待していないと述べている。しかし、トランプは3州の再集計要求に怒りの声を挙げ、ツイッターで「彼らが行った違法な得票を差し引けば、我々は一般投票でも勝利している」と発信している(11月27日付ニューヨーク・タイムズ)。

勝者総取り方式を採用していないメイン州とネブラスカ州の選挙人は次のように選ばれる。まず2名の選挙人は州全体の一般投票の勝者が取り、残りの選挙人は、下院議員選挙区ごとにその選挙区の勝者が取る。メイン州(選挙人4人)は1972年以降、ネブラスカ州(同5人)は1996年以降、こうした方式を続けている。

今回の選挙で獲得した選挙人は、メイン州ではトランプ1人、クリントン3人と分かれたが、これはこの方式を採用してから初めてのことである。メイン州は1992~2012年は民主党が選挙人を独占していた。ネブラスカ州ではトランプが5人全部の選挙人を獲得した。ネブラスカ州の選挙人は1968年以降、すべて共和党が独占している(ただし2008年のみマケイン4人、オバマ1人に分かれた)。

今回は2000年に続く異常な選挙結果

米国の大統領選挙は初回の1789年から2016年まで227年間に58回行われた。このうち、一般投票(popular vote)の勝者が選挙人投票(electoral vote)で敗北した例は、僅か5回しかない。19世紀では3回(1824、1876、1888年)、20世紀以降では2000年と今回の2回である。

これら5回の状況をみてみよう(表参照)。1824年の選挙では、いずれの候補者も選挙人投票で過半数を得られなかったため、憲法修正12条の規定により上位3人の選挙が下院で行われ、一般投票でジャクソンに敗北したアダムスが13人の選挙人を得て大統領に当選した。アダムス (John Quincy Adams) は第2代大統領 John Adamsの長男である。

1876年の大統領選挙は混乱を極め、大統領就任日(当時は3月4日)の2日前にようやく大統領が決まった。この年の選挙では、一般投票で勝利したのはティルデンであり、獲得した選挙人数はヘイズの165人より19人多かったが、過半数より1人少ない184人に留まった。最終的に妥協策として憲法に規定のない超党派の選挙委員会 (electoral commission) の票決によって、ヘイズは185人の選挙人を獲得して当選し、184人のティルデンは敗北した。

1888年の選挙では、ハリソンが一般投票ではクリーブランドに敗れたが、233人(過半数は201人)の選挙人を得て大統領に当選した。

2000年のブッシュ対ゴアの選挙では、フロリダ州の得票数が連邦最高裁まで巻き込んだ争点となり、11月7日の投票日から6週間後にようやく決着した。結局フロリダ州で、ブッシュは僅か537票差で勝利を収め、勝者総取り制により同州の選挙人25人すべてを獲得した。この結果、ブッシュは得票数ではゴアに敗れたが、過半数を1人上回る271人の選挙人を獲得して、大統領に当選した。もしフロリダ州でゴアがブッシュに勝っていれば、あるいは289万票を獲得した緑の党のラルフ・ネイダーが立候補していなければ、ゴアの当選は確実であった。なお、この年の選挙人の合計が538人とならないのは、首都ワシントンのゴアの誓約選挙人一人が12月18日に行われた選挙人による投票を棄権したためである。棄権は、首都から連邦議会に議員を出せない制度に抗議したためといわれる。

非民主的な選挙人団制度

2003年に『米国憲法はどの程度民主的か』を出したイェール大学の名誉教授ロバート・ダールは、同書で、一般投票の敗者が大統領に当選するのは、多分2000年が最後ではないだろうと書いている。まさに16年後にその予言が的中したが、同教授は、その原因はすべて選挙人団制度にあると指摘している。

上院議員が人口数に関係なく各州2名と決められているため、選挙人1人当りの有権者数は州人口の大小によって大きく変わる。人口が最大のカリフォルニア州では、選挙人1人当りの人口は68万人だが、人口が最少のワイオミング州では19万人と少なく、人口の少ない州が大統領選挙に与える影響が大きすぎることになる。

さらに、勝者総取り制では、伝統的に民主党支持者が多いカリフォルニア州、共和党支持者が多いテキサス州などでは、反対党支持者の投票が選挙に影響力を持たず、有権者の投票意欲を低下させ、2000年の緑の党のように小政党は選挙結果を混乱させる。

いまや交通、通信、情報伝達は飛躍的に発展し、憲法起草時に考案した選挙人団制度は時代遅れで、非民主的なものとなった。1989年には選挙人団制を廃止し、直接選挙制にする憲法修正案が下院を338対70の圧倒的多数で可決されたが、上院の反対で否決された。ダール教授は、憲法修正の困難さを考慮すれば、今後も米国憲法の欠点である非民主的で「異常な(大統領選挙)制度」(an anomalous institution) を改めることは不可能であろうと書いている。

2000年の選挙で、もしゴアが大統領になっていれば、イラク戦争はなかったかもしれない。今回もそうした「もし」が起こらないことを望むばかりだが、憲法改正の必要がない、現行の選挙人団制度を維持したままでの改正(注)が実現しなければ、これからも一般投票の勝者が大統領に選ばれないという非民主的な事態が繰り返されることになろう。

〔注〕11月28日付ニューヨーク・タイムズ(電子版)の社説によると、こうした改正が各州間で進められているという。

〔参考資料〕

1. 阿部竹松『アメリカの政治制度』勁草書房、1993年。

2. Dave Leip’s Atlas of U.S. Presidential Elections (http://www.uselectionatlas.org)

3. National Archives and Records Administration(http://www.archives.gov)

4. Kane , Joseph Nathan. Presidential Fact Book. Random House, Inc. New York, 1998.

5. Dahl, Robert A. How Democratic Is the American Constitution? Second Edition. Yale University Press. New Haven & London, 2003.

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