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フラッシュ

2017/09/01 No.345NAFTA再交渉の第1ラウンドをどう読むか

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

8か月以内に再交渉が終結するか

北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉の第1回目は、米国のワシントンで2017年8月16日~20日まで開催された。米国のライトハイザー通商代表部(USTR)代表は、共同記者会見において、「米国は流出する製造業の雇用や巨額な貿易赤字を無視できない」と述べるとともに、「トランプ大統領は単なる幾つかの条項の手直しや章の改正には興味はない」と語るなど、強硬な姿勢を鮮明にした。

一方、カナダのフリーランド外相は米国の主張に対して、「貿易の黒字か赤字かが、通商関係が機能しているかどうかの主要な尺度とは考えていない」との見解を示した。また、メキシコのグアハルド経済相は、原産地規則や為替条項などの米国第1主義に基づく要求に対して、「3ヵ国全てにとってウイン・ウイン・ウインとなる関係を目指す」と述べて米国をけん制した。

今回の第1回目の再交渉を報じる現地紙を見てみると、「タフ(tough)」という言葉を使うケースが多いことに気づかされる。カナダの報道によれば、カナダ政府の米国人アドバイザーは、「通信やオンライン販売、政府調達、為替操作、紛争解決に関する章(第19章)の撤廃、米国銀行の参入拡大、などの分野でタフな戦いが予想されるため、再交渉が8か月以内で終了することを期待してはいけない」とし、カナダには「激しく戦うことを」求めているようだ。

つまり、2018年におけるメキシコの大統領選挙や米国の中間選挙が本格化する前に、米国とメキシコはNAFTA再交渉の終結を目指しているが、現実には乗り越えなければならない高い壁があるということだ。

米国産コンテンツを導入できるか

米国がNAFTA再交渉において強く主張すると考えられるのは、原産地規則(北米原産であるかどうかの基準)の強化である。NAFTAの原産地規則を満たせば北米域内での関税が撤廃されるため、自動車などの域内貿易が拡大する。このNAFTAの自由化のメリットを享受するため、米国企業はメキシコやカナダへの投資を積極的に進め、関税なしでの米国への輸入を促進してきた。

トランプ大統領は、原産地規則の1つである現地調達比率を引き上げたり規則を改正することにより、米国からメキシコやカナダへの投資に歯止めをかけ、両国からの輸入を抑制しようとしている。現在の自動車における62.5%の現地調達比率をどこまで引き上げるかどうかは、米国自動車業界でも判断に迷うところであり、現に過大な引き上げには反対している。その理由は、北米での現地調達比率はむしろ米国の自動車メーカーよりも日本やドイツのメーカーの方が高いケースがあるからだ。

そこで、米国はNAFTA再交渉において、詳細は分からないものの北米での現地調達比率を満たす基準として、国別の現地調達比率を定めることを要求する可能性を示唆している。つまり、部品などの調達比率の一環として、米国産の部品や材料の一定割合(米国産コンテンツ)を新たに求める方針のようである。

この米国産コンテンツのような国別原産地規則には、メキシコが強く反対すると思われる。なぜならば、メキシコで生産される自動車の中で、米国産コンテンツの基準を満たすことができない車種は、米国への輸出時に関税削減のメリットを受けることができなくなるからである。カナダも同様であり、特に自動車や鉄鋼、アルミニウムの業界は国別のコンテンツに反対しており、北米全体でのコンテンツ比率の採用を強く要求している。

この他に、ライトハイザーUSTR代表は原産地規則の厳格化を要求している。例えば、これまで考慮されなかった自動車部品のコンポーネントのためのシステム設計作業とソフトウェア・コンテンツをトレーシング・リスト(NAFTA附属書403.1)に加えるという手段が考えられる。このトレーシング・リストに掲載された品目は、非締約国から輸入されたものである場合には、この品目が輸入された時点まで遡って、同製品の調達価額を最終製品の「非原産材料価額」に加算しなければならない。

1994年のNAFTA発効時では、自動車関連部品の高度なエレクトロニクスやソフトウエアのコンテンツの割合は0%に近かったが、今日では25〜30%に達すると見込まれる。部品設計やソフトウエアなどのコンテンツをトレーニング・リストに含めることにより、場合によっては現地調達比率が低下し関税を支払わなければならなくなったり、アジアのエレクトロニクス関連ソフトなどの輸入を北米域内からの調達に転換する可能性が高まる(注1)。

紛争解決手続きの第19章を諦められるか

1980年代半ばに当時のカナダのマルルーニー首相が米国との間で米加自由貿易協定(CUFTA)を交渉した時、カナダ側の大きな関心事は、針葉樹を含むカナダ製品に対して繰り返し発動されていた米国のアンチダンピング(AD)や相殺関税(CVD:補助金などを受けている輸入品に課す関税)措置にいかに対抗するかであった。

ところが米加FTAでは、米国のADやCVD措置からカナダを守るメカニズムを導入することができなかった。しかし、NAFTA交渉の最後の夜におけるマルルーニー首相の電話が実り、ついにカナダはNAFTAの紛争解決メカニズムの中に米国からの貿易制裁への対抗措置を盛り込むことに成功した。すなわち、NAFTAの第19章には、メキシコの支持もあり、輸出者が国内法規を使用する代わりに最終的なアンチダンピングと相殺関税裁定を審査するよう2国間パネル(小委員会)に求めることを可能にする規定が盛り込まれた。

その後、カナダによってたびたび要請されたこのパネルは、米国側は扱いにくい措置であったようだ。これを受けて、トランプ政権はこのNAFTA第19章の廃止を求めている。カナダ側はせっかく手に入れたこの章を簡単に手放すわけにはいかず、基本的にはNAFTA再交渉では強くその維持を主張するものと思われる。

ただし、妥協の余地が全くないわけではなく、各国が国内裁判所の役割を追加し、現職や退職した裁判官をパネリストとして活用するように、メカニズムを再検討する可能性がある。さらに、カナダはこのNAFTA第19章を諦める代わりに、米国での政府調達においてバイアメリカン・ルールからの免除や州や市町村レベルへのアクセスを勝ち取ったり、ビジネスマンの米国への自由な往来や長期の滞在が容易になる権利を得られるとしたら、それは検討に値する譲歩になると考えられる。

ISDS条項の改正を提案か

また、NAFTAは投資家と投資相手国との間の紛争の解決(ISDS)のための手続を規定した最初のFTAであった。この企業が国家を訴えることができるISDS条項については、米国産業界は国家による収用や不公正な行為による投資家のリスクを軽減するために、現行の規定の維持を求めているし、カナダの産業界も基本的には同様である。

そうした中で、USTRはNAFTAの投資章(第11章)におけるISDS条項の改訂を検討しているようである。その詳細はまだ相手国には説明されていないが、北米3カ国がそれぞれISDS条項を利用するかどうかを選択できるようにするものと伝えられる。NAFTA再交渉の第2ラウンドは9月1日~5日までメキシコで開かれるが、これに続く9月23日〜27日のカナダでの第3ラウンドにおいて、USTRはISDS条項の改正の提案を行うと報じられている。

米国とカナダではISDS条項に反対する産業界も賛成する産業界もあり、USTRの提案を巡って、これから相互の駆け引きに激しさが増すと思われる。米国側の動きに対して、カナダ政府は現行のISDS条項を、EUカナダFTA(CETA)で導入される「投資裁判所制度(Investment Court System:ICS)」に変更することを求める可能性がある(注2)。

アマゾンを有利に導くか

NAFTA再交渉での米国側の要求は2017年7月17日、USTRにより22項目にわたってリストアップされた。このウイッシュ・リストは、上述した原産地規則や紛争処理手続き及びISDS条項を含んでいるし、この他の主なものとしては、

デジタル貿易、政府調達、通関手続き、熟練労働者の移動、国有企業の優遇措置撤廃、エネルギー問題、労働・環境などが挙げられる。デジタル貿易では、商品やサービスのオンライン・サービスや国境を越えたデータの取引を妨げる措置の撤廃、金融サービスを含めたデータセンター拠点の強制的な現地化要求の禁止、などに取り組むとしている。例えば、インターネット上で売買する電子書籍やソフトウエア、音楽、映画、ビデオ、などには域内の関税をゼロにする方針である。また、TPPでは、データセンターの現地化要求はほとんどの部門が免除されたが、金融部門だけが例外的に残ることになった。

そこで、米国はNAFTA再交渉では金融サービスのデータセンター拠点も現地化を免れるように求める方針だ。これに関連して、カナダの連邦政府は国内でのデータ管理戦略を推進しているし、ブリティッシュ・コロンビア州やノバスコシア州は健康データに関しては州政府の管理下に置くことで立法化している。米国側はこのカナダのデータ管理に対する規制の緩和を求めている。

また、物品やサービスを販売するオンライン・サービスでは、米国の無関税での輸入枠は800ドルとなっているが、これがメキシコでは50ドル、カナダではたったの16ドルである。米国はカナダとメキシコに対して、無税枠を800ドルにまで引き上げることを求める構えである。カナダ側はこれに応じる姿勢を見せており、カナダの消費者にとっては朗報と言える。これまでは書籍の1冊程度の輸入で無税枠を使い切ったわけであるが、これが800ドルとまではいかなくても、数百ドルまで引き上げられるならば、かなりの米国からカナダへのオンライン・サービスの拡大につながり、中小企業のコスト削減にも寄与するものと思われる。

このオンライン・サービスの規制緩和における米国の真意は、言うまでもなく他の北米への輸出拡大である。これまでは、米国の輸入の無税枠が800ドルであったため、オンライン・サービスでの米国の輸入超過の要因となっていた。米国の思惑が実現すれば、Amazonにとっては収益拡大の材料となることは明らかである。

米国の要求は重商主義者の夢か

NAFTA再交渉の第1ラウンドは、その交渉内容がよく伝わらないままに終わったが、幾つかの特徴が浮かび上がる。

その第1番目のものとしては、USTRが公表した16ページにもわたる要求項目(ウイッシュ・リスト)は、よく読んでみると矛盾を含む内容になっていることである。例えば、米国の事業者における北米での建設プロジェクトなどの政府調達市場へのアクセスの改善を要求する一方で、米国内の外国人の権利を制限するバイアメリカン・ルールの保持を強く主張している。米国側の要求は、トランプ大統領の意図が色濃く反映されたものとなっており、カナダやメキシコの米国の州や地方政府での政府調達市場へのアクセスを事実上制限するシグナルであると考えられる。このように、相手には市場開放を求めるが、自分は相手には市場を閉ざすという姿勢は、重商主義者の夢物語に近いものであると考えられる。

第2番目として、2018年の選挙を迎える米国とメキシコの政治的な環境から来春の交渉終結を目指しているが、実際にはNAFTA再交渉はタフな内容を含んでおり長引く可能性がある。原産地規則や紛争解決章、ISDSや政府調達あるいはデジタル貿易だけでなく、通関手続きのペーパーレス化や国有企業への優遇措置の撤廃、知的財産権などの交渉が控えている。

第3番目として、当初はカナダのNAFTA再交渉はメキシコほどハードなものではないと考えられていた。しかし、実際にふたを開けてみると紛争解決処理手続き、原産地規則、データ管理、供給管理政策(カナダの乳製品や鶏肉などの供給を管理する政策)、エネルギー分野におけるカナダと米国間の比例条項の問題(カナダのエネルギーの対米輸出と供給の割合が一定であること)、などの幾つもの厳しい交渉が待ち構えているのが現実である。

第4番目として、NAFTA再交渉において、メキシコもカナダも基本的には原産地規則や紛争解決手続きを維持する強い姿勢を見せているものの、実際にはそれを駆け引きに用いる戦術に転換する可能性があることが挙げられる。例えば、カナダはバイアメリカン・ルールからの免除、ビジネスマンの米国への自由な往来や長期の滞在の権利を得ることができるならば、虎の子である紛争解決手続きを定めたNAFTA第19章の削除を受け入れることがありうる。

(注1)ジェトロ通商弘報2017年7月21日付記事によれば、米鉄鋼協会(AISI)はトレーシング・リストに鉄鋼を加えるよう主張しており、熱延鋼板の多くをNAFTA域外からの輸入に依存しているメキシコの自動車関連の日系進出企業は原産地規則を満たすことができず苦境に陥る可能性がある、とのことである。

(注2)CETAの交渉において、EU側には、ISDSのルールの基ではEUの理念を共有しない第3国の商事仲裁に解決を委ねることになり、EUの理念を否定する判例が確立されかねないという問題意識があったようだ。これが、ICS方式なら裁判官(調停者)の人選を含めて当事国が影響力を行使できるため、EU理念になじまない判例が乱立する事態は避けられるとの思惑から、CETAでの採用が決まったようである。

(参考文献)

“The North American Free Trade Agreement (NAFTA)” M. Angeles Villarreal, Ian F. Fergusson, Congressional Research Service, February 22, 2017

“Summary of Objectives for the NAFTA Renegotiation” Office of USTR, Monday, July 17, 2017

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