一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2017/09/22 No.351トランプ政権の経済・通商政策とその成果を評価する~ITI米国研究会報告(1)~

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

トランプ大統領が就任して100日目(4月29日)の支持率は、1953年のギャラップ調査開始以来、最低の41%であった。就任100日間は野党や無党派からの支持を得て、ハネムーンとなるのが一般的傾向だが、100日目の支持と不支持の差は13%(不支持率>支持率)。他の大統領はいずれも支持率の方が高く、その差は、オバマ43、ブッシュ31、クリントン20、ブッシュ父49、レーガン54、カーター45%ポイント(ABC-Washington Post-Gallup調査)。両者の差はシャーロッツビル事件後、過去最大の25%に拡大するなど、政権への期待感が萎んでいるようである。

ITI米国研究会(公益財団法人JKA補助事業)座長の滝井光夫 ITI客員研究員より、これまでのトランプ政権の経済・通商政策の成果を評価していただいた。

(聞き手はITI事務局長 大木博巳)

Q.トランプ大統領は「米国を再び偉大な国にするための100日間行動計画―ドナルド・トランプと有権者との契約」を選挙公約にして当選しました。公約の実施状況はどうですか。

この「契約」は昨年の大統領選挙の終盤に南北戦争の最大の激戦地、ゲティスバーグで発表されたもので、「就任第1日に取り組む18項目」と「政権発足100日以内に成立させる10法案」の2つで構成されています。

前者の18項目は「首都浄化」6項目、「労働者保護」7項目、「合憲的法の支配」5項目ですが、このうち大統領令ないし大統領覚書によって実施されたのは11項目で全体の65%です。実施されたのは、政府の政治任用者は退職後5年間ロビーストへの転職を禁止、外国政府のためのロビー活動は終生禁止、NAFTA再交渉または撤退、TPP脱退、シェールオイル等の開発規制撤廃、キーストーン・パイプライン等の推進、オバマ前大統領が発出した大統領令の撤回、故スカリア最高裁判事の後任承認などです。

Q.実施されていない公約は。

連邦議会議員の任期制限、連邦職員の採用凍結、および財務長官に中国を為替操作国と認定させる件は、反対が強く実施されませんでした。また、中東等7ヵ国からの入国禁止と不法移民に寛容な「聖域都市」に対する助成停止の2件の大統領令は、連邦控訴裁から差し止められました。大統領令が差し止められたのは異例のことです。

一方、政権発足100日以内に成立させるとした10法案は、全く成立していません。悲願のオバマケア撤廃・代替法案は7月末に否決され、2番目に重要な税制改革はまだ法案も議会に提出されていません。

Q. 大統領令と大統領覚書の本数は非常に多いですね。

大統領令、大統領令と同等の権限を持つ大統領覚書の合計本数は、4月以降、オバマ大統領のそれを上回り、就任100日目にはレーガン大統領以降最大となりました。8月末時点で、オバマ大統領が出した本数は、大統領令22本、大統領覚書46本で合計68本。トランプ大統領はそれぞれ45本と61本で合計106本、オバマ大統領の1.6倍です。

在任中に出した大統領令の本数(大統領覚書は含まない)は、オバマ大統領276、ブッシュ大統領291。トランプ大統領は在任7ヵ月で既に45本です。1年間の平均はそれぞれ35本、36本でした。このまま行けばトランプ大統領が仮に1期4年で終わったとしても、在任中に出した本数は、8年在任したオバマ、ブッシュ両大統領よりも多くなります。

Q.大統領令と覚書の違いは。

大統領令には通し番号がついていて、大統領覚書にはついていないという点が大きな違いですが、何が大統領令や覚書に相当するのか、明確な基準はないようです。トランプ大統領の場合、大統領令にはオバマケアの撤廃・代替手順、各省への指示、覚書には各省庁の長官宛書簡まで入っています。そうしたものを大統領令や覚書に入れる必要はないように思います。本数が多いのはこうしたものが入っているからで、数の多さを示して、大統領はしっかり仕事をしているぞと宣伝しているようにも思えます。

Q.トランプ大統領は署名した法案の本数を自慢しています。

トランプ大統領は就任後半年間で42本の法案に署名し、「政権発足半年間で42本の法案に署名した大統領はいない」と豪語しました(7月17日)が、重要法案は1本もありません。ニューヨーク・タイムズ(同18日付)によると、42本の内訳は、オバマ政権下で制定された規制を撤回する法案が15本、連邦建造物などの名称を定める儀式的な法案が14本、行政上の微調整に係わる法案が5本、宇宙・科学関係が4本、復員軍人関係の法案が4本となっています。

8月末までに署名した法案は55本です。数ではオバマ大統領の61本と大差ありませんが、内容が大違いです。オバマ大統領は就任後2週間余りで「児童医療保険拡充法」を制定し、1ヵ月も経たない2月17日に、金融危機から米国経済を再生させる「2009年米国再建再投資法(ARRA)」を制定しました。リーマン・ショックからの急回復はこのARRAによって始まったのです。

Q. 歴代政権と比較をするとどうですか。

近年の大統領が就任後半年間に署名した法案数はカーター68、父ブッシュ56、クリントン50、オバマ39です。就任後100日間ではルーズベルト76、トルーマン55ですから、トランプ大統領が「自分が最大」というのは単なる間違いではなく、意図的なウソです。トランプ大統領は臆面もなく、よくウソを言いますから気を付けなければなりません。それにしても、成果を数で比較すること自体、大した意味はありませんね。

Q. オバマケア撤廃・代替法はトランプ大統領の思い通りに行きませんでした。

オバマケアと呼ばれるオバマ大統領の主導で制定された米国史上初めての抜本的な医療保険制度改革法を撤廃することは、共和党の悲願でした。

オバマケアは2010年3月、民主党政権と民主党多数の議会によって制定されました。その後、共和党は61回も撤廃法案を出し続け、これをすべて民主党多数の議会は否決。

2016年1月、遂に62回目の法案が成立しましたが、オバマ大統領の拒否権発動で潰れました。トランプ共和党政権が誕生し、議会は引き続き共和党が多数を占めているため、今度こそオバマケアは撤廃されると思ったのですが、結局そうはなりませんでした。

Q.議会は共和党が多数を握っているのになぜですか。

オバマケア撤廃・代替法は、オバマケアを完全に撤廃し、その代わりに新しい医療制度を制定するという法案のようにみえますが、実はそうではなく、オバマケア修正法ともいうべきものです。民主党は撤廃にも修正にも絶対反対ですから、オバマケアをどう修正するかは共和党内の問題です。下院はどうにか共和党内の議論が纏まり、法案を一本化して、僅差で可決しました。しかし、上院では法案が3本に分かれ、3本とも否決されてしまいました。

上院で否決された3法案のうち、賛否の差が僅か2票だったのが、撤廃部分の最も少ない、つまりオバマケアに一番近い法案でした。この法案に共和党議員は3人反対票を投じましたが、もし3人のうち一人であるマケイン議員が賛成していれば、賛成50、反対50の同数になります。賛否同数の場合は、ペンス副大統領が票決に加わりますから、賛成多数で可決されていたはずです。そうなれば、下院法案と調整して法案は一本化され、オバマケア撤廃・代替法案は成立していたのではないかと思います。

Q.失敗した要因はどこにありますか。

オバマケアの一番重要な規定は、個人と従業員が50人以上の雇用主に保険加入を義務付けたことですが、これを撤廃するだけでも、10年後には無保険者が1,600万人も増える。他の規定も同時に撤廃すれば、無保険者はさらに増えると議会予算局が推計しました。これを懸念した議員は共和党議員でも多かった。これが、法案が否決された大きな要因だと思います。

Q. トランプ政権にとって二番目に重要な法案は税制改革です。

当初は、10年間に6兆ドルの減税、輸入を抑え、税収も確保する国境調整税の新設など30年に一回の大改革と言っていましたが、国境調整税を断念したため、どうやら減税規模は大幅に縮小されそうです。4月末に財務長官が発表した概要では、減税規模は10年間で個人所得税が1.5兆ドル、法人税は税率を35%から15%に引き下げ、3.7兆ドルです。他に代替ミニマム税、遺産税などの廃止も盛り込まれていました。

9月後半に発表する法案を年内に成立させるというのが、財務長官の方針ですが、何しろ税制改革が秋の議会の最大の焦点となります。

Q.10年間で1兆ドルのインフラ投資計画の見通しはどうですか。

インフラ投資計画はトランプ政権の重要政策のひとつですが、どのように議論が進展しているのかよく見えません。計画はトランプ大統領と親密なロス商務長官が進めています。この投資計画については、The American Prospect 誌の7月3日号に少し書かれています。これによると1兆ドルの中身は、2,000億ドルが政府予算、8,000億ドルが民間資金。民間資金のうち200億ドルはサウジアラビア政府投資資金で、トランプ大統領が5月にサウジを歴訪した際に取り付け、他の出資先もほぼ決まったように書いてありました。

法案が議会にかかるのは税制改革法案が成立してからになりますから、議会審議は早ければ来年1月以降ということになります。

Q. トランプ大統領は最近、民主党指導部と合意し、2018年度暫定予算や債務上限の引き上げなどを認めました。今後、大統領はより政策重視に変わって行くのでしょうか。

9月6日、大統領執務室で行われた共民両党指導部との会議で、トランプ大統領は12月8日を期限とする暫定予算法案と債務上限の引き上げ法案の成立で合意し、2日後の8日には、両法案はハリケーン被害復興予算とともに成立しました。10月1日に始まる2018年度予算と9月末に期限が来る債務上限の引き上げは非常に難しい問題で、政府閉鎖、場合によってはデフォルト(債務不履行)も起きかねないと懸念されていましたから、突然の合意成立には唖然とさせられました。

トランプ政権下ではすべて先行きは不透明といわれますが、今回ほど予想に反したのは珍しいかもしれません。しかし、3ヵ月後に同じ問題が再来したとき、トランプ大統領が単純に政策重視で行くとは考えられません。もし政策重視というなら、より長期間の予算と上限引き上げを求めた共和党案を採用していたはずです。

Q.上院の承認が必要な連邦政府高官 1,200人のうち最重要幹部は599人にのぼります。上院によるこれら政治任用者 (political appointees) の承認状況も芳しくないようですね。

ワシントン・ポスト紙と非営利無党派団体のPartnership for Public Service は、政治任用者について、大統領の指名から上院における審議、上院本会議の票決結果までの過程を、共同して詳しくフォローし、その結果を Political Appointee Tracker というウェブサイトで発表しています。

これによると、9月14日までに上院が承認したのは141人で全体の24%です。24%は、クリントン政権以降では最低、人数ではオバマ政権の同時点の315人の45%に過ぎません。上院で承認済みの人数および承認待ちの人数を全体の599人から差し引いた263人は、まだトランプ大統領が上院に承認を求める手続きに入っていない人数となります。

Q.指名が遅れている理由は。

これは、連邦政府職員の採用凍結を選挙公約に掲げたトランプ大統領が意図的に承認されるべき人数を絞っていることによるのか、それとも人材不足で上院に承認を求められないのか、理由は分かりません。しかし、政権発足から8ヵ月が過ぎたのに、政治任用者の4分の1しかポストに就いていない、また全体の43%が大統領から指名もされていないという現状は近年にはなかったことです。こうした状態が続けば、いずれ行政の遂行に影響が出てくることになるでしょう。

Q. 貿易政策も種々公約をしています。これまでの成果として何が挙げられますか。

貿易政策はトランプ政権の基本政策の大黒柱です。貿易政策の重点は次の5項目です。

すなわち、①製造業の荒廃、雇用の喪失、貿易赤字の拡大を生んだ従来の貿易取引を甘受しない。②貿易取引を見直し、複数国間交渉は止め、個別の国との二国間交渉を行う。③タフで公正な貿易取引によって、経済成長、雇用拡大、地域経済の再活性化を図る。④貿易協定違反を厳しく取り締まる。⑤これらの目標を達成するため、最強の貿易交渉チームを結成する、です。

また、大統領選挙戦中には貿易問題で多くの公約を掲げました。しかし、現在までのところ実行されたのは、僅かにTPP離脱、NAFTA再交渉だけです。

通商法制の厳格な運用も公約ですが、201条(セーフガード)が2001年以来16年ぶりに提訴されました(4月26日)。対象はソーラーパネルですが、他の品目も次々に対象になっている訳ではありません。アンチダンピングや相殺関税はカナダ製の針葉樹材に賦課されましたが(ダンピング税賦課の仮決定は6月26日)、これも他の品目に波及する状況ではありません。

Q. 鉄鋼やアルミでは国防条項による調査が始まっています。

通商法制の厳格な運用の中で、注目しなければならないのは、大統領就任以降に出された貿易関連の大統領令と大統領覚書です。

まず第1に、4月20日付の大統領覚書は、鉄鋼輸入について、続いて4月27日付の大統領覚書はアルミ輸入について、それぞれ1962年通商拡大法232条に基づく調査と政策勧告の提出を商務長官に要請しました。

232条は国防条項といわれるものですが、国防条項は1988年包括通商競争力法によって改正され、商務長官は調査要請から270日以内に大統領に調査報告書を提出し、当該輸入が米国の安全保障に脅威と判断された場合は、報告書を受理してから90日以内に大統領は取るべき措置を決定することになっています。270日目は来年、2018年1月14日です。トランプ大統領は大統領覚書を出してから30~50日後には報告書を見たいと公言したため、6月末にロス長官は、報告書は未完成で、内容を政権内部で検討しているところだと答えています。

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Q.中国の対応が注目されています。

中国の鉄鋼過剰生産問題はG7の場で検討が合意されましたが、仮に米国が輸入規制を実施するとなれば、中国などが対米報復措置に出ることは必定です。米国政府が鉄鋼やアルミ産業の救済措置をどうとるべきかが問題の焦点ですが、まだ政権内で答えが纏まっていないというのが現状のようです。従って、ロス長官は232条の調査報告書の発表は270日後の来年1月14日頃まで延ばすという腹積もりのようです。

Q.中国関連では、貿易赤字や知財権侵害なども議論されています。

似たような状況にあるのが、3月31日付で貿易相手国別に貿易赤字に関する包括報告を求めた大統領令です。大統領令が求めた90日以内の報告期限は6月30日に到来し、ロス長官は大統領に報告書を提出しましたが、対策については政権内で意見が纏まらず、報告書は非公表の状態が続いています。

さらに8月14日付の大統領覚書は、1974年通商法301条による中国の知財権侵害などの調査開始を通商代表に要請しました。ライトハイザー通商代表は8月18日に調査の開始を発表しました。調査期間は12ヵ月以内と規定されていますが、この場合も米国が何らかの規制措置を取れば、中国は対抗措置をとると明言しています。

このようにトランプ大統領は232条、301条で輸入規制という拳を大きく振り上げました。しかし、実行するとなれば大変な事態にもなりかねません。このため、大統領の拳をどううまく収めるか、大統領の周辺、特に国際派の顧問たちは苦慮しているのではないかと思います。

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