一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2018/03/22 No.366米国の対中貿易制裁の影響~ITI米国研究会報告(6)~

大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

トランプ大統領は3月1日に、輸入鉄鋼とアルミニウムに関税を課す意向を表明し、翌日の朝のツイッターへの投稿で、「貿易戦争は結構なことだ。簡単に勝てる(注1)」と書いた。丁度、ワシントンを訪問していた習近平国家主席の経済顧問を務める劉鶴氏と会合をしている最中で、米国は1000億ドルの対中貿易赤字の削減を要求していた(注2)。さらに、3月13日には、中国からの輸入品のうち最大600億ドルに相当する製品に関税を課すことを計画していることが明らかにされた。これは、米通商法301条に基づく知的財産権侵害に関する調査と関連したもので、対象は主に情報技術(IT)や通信機器、家電であるが、最終的に100品目に対象が一段と拡大される可能性がある(注3)。対中制裁には、中国企業による対米投資の制限、中国関係者のビザ発給の制限(中国国籍の学生・学者・企業幹部への査証(ビザ)発給制限)などが検討されている。

3月21日には、米通商代表部(USTR)は、中国による知的財産権侵害の「強い証拠」(中国進出企業が技術移転を強制されていることなど)を確認したと明らかにし、トランプ大統領は3月22日昼(日本時間23日未明)に中国に対する貿易制裁を命じる文書に署名する。年500億ドル規模の関税を適用する見通しであるという(注4)。ただし、関税が直ちに導入されることはなく、どの製品を関税の対象とするかについて意見する機会を産業界に与えるという(注5)。

米国の対中貿易赤字構造

米国が対中攻勢を強める理由の一つは、対中貿易赤字幅が2016年の3,400億ドルから2017年に3,752億ドルへと膨らんだことへの苛立ちが挙げられる。問題は対中貿易赤字の拡大に歯止めがかかっていないことにあるが、深刻なのは、米国の対中輸入への過度な依存体質にある。

米国の対中貿易収支の構造を、貿易依存度別財別業種別に見たのが表1である。貿易依存度別貿易収支は、当該業種(HS6桁)の貿易(輸入、輸出)に占める対中貿易(輸入、輸出)のシェアを算出し、貿易依存度が50%未満、50%以上の財・業種を取りまとめたものである。

2016年の米国の対中貿易収支を財別別にみると、消費財が1,490億ドルと資本財が1,561億ドルの大幅赤字を計上している。加工品、部品の中間財も2000年と比べて2016年には赤字が拡大している。唯一、素材が黒字となっているが、これは油脂(主に大豆)が貢献しているためである。2000年と比較すると赤字幅は、加工品が5.8倍、部品が7.9倍、資本財9.9倍、消費財2.7倍と資本財で赤字幅が大きく拡大している。

資本財の対中赤字の拡大は、コンピュータやスマートフォンなどのエレクトロニクス製品によるものである。消費財は、アパレル、履物、家具などの輸入が拡大している。

さらに、貿易依存度別に米国の対中貿易赤字を見ると、対中貿易依存度が50%を超える品目の貿易収支の赤字幅が2000年の424億ドルから2016年に2,289億ドルに膨らんでいる。米国の対中貿易赤字に占める割合では、2000年の50%から2016年には66%に上昇している。66%の内訳は、資本財(1,060億ドルの赤字)と消費財(1,078億ドルの赤字)でほぼ占められている。

この米国の対中貿易赤字は、過度に依存している品目の対中輸入が拡大していることにある。2016年の米国の対中輸入額4676億ドルの財別内訳を見ると、消費財が1,647億ドル、資本財が1,724億ドル、部品665億ドル、加工品751億ドルとなっている(表2)。このうち、輸入依存度が50%を超える品目の対中輸入に占めるシェアは54.6%(2,528億ドル)、財別内訳は消費財が65%(1083億ドル)、資本財が61.6%(1,061億ドル)、部品が22.0%(146億ドル)、加工品が49.3%(370億ドル)と消費財、資本財が6割を超える高い比率である。

輸入依存度が50%以上となっている品目は、容易に他に調達先を切り替えることは難しい。また、国内生産に代替することも簡単ではない。米国の対中輸入依存の深刻さがうかがわれる。

一方、米国の対中輸出では、過度に対中輸出に依存している財は、油脂、パルプなどの素材である(表3)。

米国の対中貿易制限措置の影響

米国の対中貿易制限措置による影響としては、次の点が指摘できる。

第1は米中貿易の縮小に伴う影響である。中国の対米輸出は、対GDP比で3.5%、米国の対中輸出は、同じく0.6%と中国は対米輸出の依存度が大きい。輸入は、米国の対中輸入依存度はGDP比で2.5%、中国の対米輸入は1.2%で米国の方が大きい。

中国経済は、2018年に入って輸出頼みが鮮明となっていることから、対米輸出の減少が景気にあたえる影響は小さくない。

第2は、関税引き上げ対象業界への影響である。日経新聞は、関税引き上げの対象は電機や通信機器だけでなく、衣料品や玩具など100品目を超えると報道している。

米国はIT製品やアパレル製品、履物などの消費財を対中輸入に過度に依存している。米国の小売業は、短期的に、調達先を簡単に切り替えることは難しい。価格の上昇⇒数量ベースでの売上減少⇒雇用削減という連鎖が想像できる。

中長期的には、調達先の脱中国の動きを加速化させるものと見込まれる。例えば、米国のアパレル輸入に占める中国のシェアは、2000年の14.1%が2010年には41.4%へと急拡大し、2016年は37.6%に減少している。他方、ベトナムは2000年の0.1%が2010年に7.0%、2016年は11.4%へと上昇している。ベトナムが中国に代替することも考えられよう。米国の洗濯機の輸入は、すでにベトナムが中国を抜いている。ベトナムが有力なチャイナプラスワンとなろう。

第3は中国の対抗措置の発動による影響である。攻勢を強めるトランプ政権に対して、中国は応戦の構えを整えている(注6)。中国は米国による太陽光パネルへの関税導入した際に、米国産ソルガムに対する調査を開始した。これは、トランプ大統領の主要支持層である米農家に年間10億ドル相当の収入をもたらす輸出品である。さらに、米国産の大豆を標的とする可能性がある。米国の大豆輸出の57.1%(2016年)は中国向けである。唯一米国の対中輸出で過度に依存している品目である。中国の大規模農場では、豚の家畜飼料として使われる大豆の需要は膨大で、米国の農家やカーギルや アーチャー・ダニエルズ・ミッドランドなどの穀物大手が潤ってきた。対米大豆輸入の削減は、中国にとってもリスクを伴うという。価格の高騰につながり、インフレ高進を招きかねないからである。しかし、中国は、ブラジルやアルゼンチン、ポーランドなど他の国からの輸入で対応できるとみている。

米中貿易摩擦は、WSJ紙に寄稿している専門家の見方を見ると、消耗戦になるとみているが、貿易の次に投資や人の移動まで広がると、米国の形勢がやや不利のよう見える。「トランプ政権が新たな保護主義策を維持するための政治的コストは、習政権にとっての報復のコストを大きく上回るだろう」(ピーターソン国際経済研究所のシニアフェロー、ニコラス・ラーディ氏)というのが理由の一つである。

表1 米国の対中貿易収支(貿易依存度別財・業種別、2000年、2016年)

資料:米国貿易統計よりITI作成

表2 米国の対中輸入(輸入依存度別財・業種別、2000年、2016年)

※クリックで拡大します
資料:米国貿易統計よりITI作成

表3 米国の対中輸出(輸出依存度別財・業種別、2000年、2016年)

※クリックで拡大します
資料:米国貿易統計よりITI作成

1. 「ある国(米国)が取引しているほぼ全ての国との貿易で何十億ドルもの損失を被っている時には、貿易戦争はいいことであり、勝つのは簡単だ。例えば、われわれがある国との取引で1000億ドル(約10兆6000億円)を失っている時にその国が厚かましい態度に出るなら、もう取引をやめよう。そうすればわれわれの大勝利になる。簡単なことだ」

2. WSJ「トランプ氏、中国に貿易赤字削減要求 100分の1におまけ?」2018 年 3 月 8 日

3. ロイター「米政権が最大600億ドルの中国製品に関税検討、IT機器や衣料品対象か」2018年3月14日

4. 時事ドットコム、2018年3月22日

5. WSJ「米政権、中国による先進技術の取得で規制強化へ22日に発表、中国企業による投資の制限や関税も」2018 年 3 月 21 日

6. 以下はWSJ「迫る米中貿易戦争の足音、有利なのはどちらか」2018 年 1 月 17 日 による

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