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2019/04/05 No.423混迷する英EU離脱交渉(その2)−英議会、離脱案を3回否決、高まる「合意なき離脱」リスク−

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

3回の否決、決められない英政治、苛立つEU

英議会は本来のEU離脱日であった3月29日、EUと合意した「離脱協定案」と「政治宣言」案(注1)のうち、離脱後の英EUの将来関係の方向性を示す政治宣言の部分を切り離した主要部分の離脱協定案について採決し、賛成286票、反対344票の反対多数で3度否決した(以下では、単に離脱合意案と記す)。英国の「決められない政治」の混迷ぶりに、エマニュエル・マクロン仏大統領やセバスティアン・クルツ墺首相などEU首脳からは苛立ちと失望の声が相次ぎ、「合意なき離脱」(no deal)の可能性が高まったとの認識が示された。欧州理事会(EU首脳会議)のドナルド・トゥスク常任議長(通称、EU大統領)は4月10日に急遽EU首脳会議を開き、対応を議論することを明らかにした(注2)。

以下では、3回目の議会採決に至るまでの英EU離脱交渉と英議会審議の経緯を時系列的に簡単に説明しておく(表1)。

英議会は昨年12月11日の離脱合意案採決を延期していたが、本年1月15日に採決した結果、賛成202票、反対432票の230票の歴史的な大差で否決した。テレーザ・メイ英首相は2回目の議会採決が行われる前日の3月11日、仏ストラスブールで欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル委員長と急遽協議、その結果、辛うじて「ストラスブール合意」に達した(注3)。

メイ首相は翌3月12日、ストラスブール合意を英議会に提示し、2度目の採決に臨んだものの、賛成242票、反対391票の149票差で再び否決された。歴史的大差で否決された1回目の採決よりも票差は縮まったものの、過半数の賛成には遠く及ばなかった。欧州委員会のミシェル・バルニエ首席交渉官は「この難局は英国側で解決するしかない。EUができることは全てやり尽くした」との見解を示した。また、同氏は「離脱協定案の妥結が移行期間を認める唯一の法的根拠であり、妥結がないということは、移行期間もないということだ」と警告を発した(注4)。

本来の離脱日(3月29日)が目前に迫るなか、英議会は3月13日、「合意なき離脱」を回避する動議を賛成321票、反対278票で可決し、翌3月14日、政府が提出した離脱延期の動議を賛成413票、反対202票の圧倒的多数で可決した。政府の動議は、?政府が3月20日までに3回目の離脱合意案が議会で可決された場合、関連法整備のため6月30日までの延長をEUに申し入れる,?もし離脱合意案が否決された場合、長期間の離脱延長や5月23〜26日の欧州議会選挙への参加が必要となる可能性を議会が承知することを条件とするとした(注5)。

EU首脳会議、3回目の採決を前に、離脱日延期で合意

一つの山場であるEU首脳会議は3月21日、メイ首相からの6月30日までの離脱日延期の要請、および離脱協定に関する法的拘束力を持つ共同文書とEU英の将来関係の「政治宣言」を補足する共同声明に関する「ストラスブール合意」の承認に関して議論を行った。トゥスク常任議長は、このうち、ストラスブール合意に関しては承認することを決定したことを明らかにした。

他方、離脱延期に関しては、メイ氏の要請を退け、英議会での採決結果によって、?離脱協定案が3月25日の週(当初の離脱日である3月29日を含む)に英議会で可決された場合、欧州理事会は5月22日までの延期を認める、?当該週中に英議会で可決されなかった場合、英国が進むべき方向性を固めるために必要な期間として、4月12日までの延期を認める。その間、実質的に全ての選択肢が残され、「合意なき離脱」の選択肢も含まれる、という2つの道筋を示した(注6)。英国のEU離脱日が4月12日に延期されることが決まり、ひとまず「合意なき離脱」は回避されることとなった。

EU首脳会議の合意を受けてメイ首相は3月28日、2回否決された離脱合意案のうち、「政治宣言」を切り離した「離脱協定案」のみを3月29日に議会で採決することを決めた。これは、英議会のジョン・バーカウ下院議長が2回否定された離脱協定案と実質的に変わらない内容であれば、3度目の採決にかけることはできないとする裁定を出していたための窮余の一策であった。EU首脳会議での離脱延期合意を目指していた議会の各勢力への働きかけを必死に続けていたメイ首相にとって、バーカウ議長の「待った」はきわめて高いハードルとして立ちはだかった。

メイ首相は議会での可決を条件に辞任する意向を表明し、捨て身で局面打開に乗り出したものの、可決の目途が立たず、主要部分のみの採決という「奇策」に出て、5月22日までの離脱日引き延ばしに全力を挙げる。漸くにして、バーカウ議長も3回目の採決実施を受け入れたが、メイ首相に確たる勝算があったわけではない。そして、本来の離脱日である3月29日の採決日を迎えることになる。

表1 英EU離脱交渉の流れ

交渉時期主要事項
2018年11月14日離脱協定・政治宣言に実質合意(英EU主席交渉官レベル)
11月25日緊急EU首脳会議(欧州理事会)離脱協定・政治宣言で合意
12月11日英議会、離脱協定案・政治宣言採決を延期
2019年1月15日英議会、離脱協定案・政治宣言を否決
1月21日メイ首相、離脱方針案を発表(注)
1月29日英議会、首相離脱方針案に対する7つの修正案の内、2つの修正案を可決
2月27日英議会、首相離脱方針案に対する4つの修正案の内、2つの修正案を可決
3月11日メイ首相、ユンケル欧州委員長と再協議(ストラスブール合意)
3月12日英議会、離脱協定案・政治宣言を否決
3月13日英議会、「合意なき離脱」を回避する動議を可決
3月14日英議会、離脱延期を可決
3月21日EU首脳会議、条件付きで4月12日あるいは5月22日までの延期を承認
3月27日英議会、8本の離脱代替案を全て否決
3月29日英議会、離脱協定案を否決
4月1日英議会、4本の離脱代替案を全て否決
4月3日英議会 離脱再延期を求める議案を可決
4月5日メイ首相、EUに離脱期限の延期を要請
4月10日臨時EU首脳会議
4月12日(離脱案否決または採決見送りの場合)「合意なき離脱」:移行期間なし
5月22日(離脱案可決の場合)離脱日:移行期間あり
5月23~26日欧州議会選挙
2020年12月31日移行期間終了
2021年~(移行期間中に合意できない場合)移行期間延長か
(注)①合意なき離脱を回避するには、離脱協定案を承認するしかない、②2016年の国民投票の結果を尊重する、③アイルランド国境管理を巡る「バックストップ」(安全策)についてEUと再協議する、④EUとの将来関係の交渉にあたって、政府が交渉マンデート(権限委任)を議会から得る、⑤英国の労働者の権利など社会や環境の基準を維持することを確約する。
(出所)筆者作成による。

政府VS議会、激しい攻防、打開策なく袋小路

政府と議会は離脱合意案を巡って激しい攻防戦を展開している。とりわけ、2回目の採決以降は連日のようにメイ首相と野党労働党ジェレミー・コービン党首や政府の離脱合意案に真っ向から反対する野党議員、一部の保守党強硬離脱派議員らとの論戦は一段とヒートアップしている。メイ首相が提出した離脱合意案はすでに3回も否決されたことは前述したとおりである。

他方、政府案に反対し続ける議会は、政府に代わって議事進行の主導権を握る動議が可決されるという、異例の事態も起きている。議会主導による離脱代替案の是非を問う投票(示唆的投票indicative vote)が3月27日、4月1日の2度行われたが、いずれの代替案も過半数の支持を得られなかった。政府、議会の駆け引きが続くものの着地点を見いだせないまま、袋小路に追い詰められた。

メイ首相が3度目の合意案否決後の議会で、「この離脱プロセスが議会で限界に達しつつあるのではないかと懸念している」と述べ、「行き詰まりを打開するには、総選挙の実施が必要になることもあり得る」と暗に警告した(注7)。

メイ首相は4月2日、EU離脱を巡り7時間以上にわたって閣議を開催し、今後の対応の検討を急いだ。メイ首相はEUとの合意案をあらためて採決に持ち込む戦略を模索するとみられるが、EU側からは新たな方針を示すよう要求された4月12日まで残り10日間しかない。メイ首相が5月22日までの短期間の離脱再延期を求める意向を示したが、EU側は極めて懐疑的である。3回にわたる離脱合意案の採決結果をみると(表2)、反対票と賛成票の差は、保守党議員が反対から支持に回った結果大幅に減っているものの、3度目の採決では、保守党からは離脱強硬派に加え、EU残留派も2度目の国民投票を支持して造反、34人が反対票を投じている。さらに,閣外協力する北アイルランド地域政党・民主統一党(DUP)10人は常に反対票を投じてきた。また、労働党から賛成に回った議員はわずか5人にとどまった。これら根深い抵抗を示す保守党議員やDUP所属議員あるいはより多くの労働党議員が賛成に回らない限り、議会で4回目の採決で過半数を得ることは極めて困難である。メイ首相は4月3日、議会の膠着状態からの脱却に向けて野党コービン労働党党首と協議し、協力を求める意向を示した。これに対して、早くも与党保守党内の離脱強硬派から強い反発の声が上がった。メイ首相は目指す合意形成のプロセスは依然として不透明である(注8)。

表2 メイ首相の離脱合意案の採決結果

1回目(1月15日)2回目(3月12日)3回目(3月29日)
反対票
  保守党
  労働党
  民主統一党(DUP)
  その他
432
118
248
10
56
391
75
238
10
68
344
34
234
10
66
賛成票
  保守党
  労働党
  その他
202
196
3
3
242
235
3
4
286
277
5
4
票差23014958
(出所)英議会、ジェトロなどの資料から作成。

次に、議会の離脱代替案の投票結果についてみてみよう。3月27日行われた1回目の8本の離脱代替案の投票結果は表3のとおりである。いずれの代替案も否決されたが、④のEUとの恒久的な関税同盟の実現を求める代替案の票差がわずか6票と最も支持を集めた。

表3 英議会の離脱代替案の投票結果(1回目:2019/03/27)

提出者賛成票数反対票数
①4月12日に「合意なき離脱」を実現保守党強硬離脱派160400
②欧州経済領域(EEA)の単一市場に参加、「バックストップ」代替措置まで一時的に包括的関税取決めを実現保守党・超党穏健離脱派189283
③EEAに残留し、単一市場に参加するが、関税同盟を拒否し、「バックストップ」代替案を追求保守党穏健離脱派64377
④EUとの恒久的な関税同盟の実現を離脱協定・政治宣言に盛り込み、法制化保守党・超党穏健離脱派265271
⑤EUとの恒久的な関税同盟、単一市場に近い関係の実現労働党執行部穏健離脱派237307
⑥「合意なき離脱」の是非について議会で採決、否決なら離脱を撤回スコットランド国民党(SNP)・超党EU残留派184293
⑦議会が可決した離脱協定案・政治宣言を新たな国民投票にかけ、不支持なら発効・批准できないよう規定労働党・超党EU残留派268295
⑧最長2年間の一時的措置として、現行の無関税・数量制限なしの貿易、EU規制の適用、EU分担金などをEUと即時交渉保守党離脱強硬派139422
(注)それぞれ棄権票があるため合計数が合わない
(出所)表2と同じ。

また、4月1日に行われた2回目の投票結果は表4のとおりである。4本の離脱代替案はいずれも否決されたが、?EUとの恒久的な関税同盟を志向する代替案の票差が3票とさらに縮小した。示唆的投票には法的拘束力はないが、今後の議会審議でEU域内との関税同盟に恒久的に残留する代替案について過半数が支持する法案が生まれる可能性も否定できない。離脱強硬派が最も恐れるシナリオである。

表4 英議会の離脱代替案の投票結果(2回目:2019/04/01)

提出者賛成票数反対票数
①EUとの恒久的な関税同盟を実現保守党・超党穏健離脱派273276
②EEAの単一市場に参加し、「バックストップ」代替案導入まで一時的に包括的な関税取決めを実現保守党・超党穏健離脱派261282
③議会が可決した離脱協定案・政治宣言の賛否を新たな国民投票にかけ、不支持なら発効・批准できないよう規定労働党・超党EU残留派280292
④離脱2日前までに国内法制化できなければ、EUに再度の延期を要請、離脱前日までに議会で可決できなければ、「合意なき離脱」の是非を採決、否決されれば、離脱を撤回スコットランド国民党(SNP)・超党EU残留派191292
(注)それぞれ棄権票があるため合計数が合わない
(出所)表2と同じ。

今後の見通し−「合意なき離脱」か、長期離脱延期か

英国、EU双方で4月10日のEU首脳会議、4月12日の離脱日に向けて様々な動きが出て来よう。英議会は4月3日、「合意なき離脱」を阻止する法案を賛成313票、反対312票のわずか1票の僅差で可決した。4月10日までにメイ首相は新たな方針を決めて、EU首脳会議に臨まなければならないが、現時点ではその見通しは、きわめて悲観的にならざるを得ない。つまり「合意なき離脱」の可能性も依然としてあり得るということである。

他方、EU側のスタンスは変わらない。欧州委員会のユンケル委員長は4月3日、「英議会が4月12日までに離脱合意案を承認しなければ、離脱期日の短期的な追加延長は認められない」との見解を示して、従来の立場が変わらないことを強調した。その上で、「英国が合意のないままEUを離脱する公算は、現在きわめて大きくなっている。こうした状況は望んではいないが、EUはこうした状況に確実に対応できるようにしている」と述べている(注9)。次回EU首脳会議では、トゥスク常任議長やユンケル委員長らEU首脳はメイ首相に対して、「合意なき離脱」か「長期離脱延期」のいずれかを決断するよう強く迫るものと思われる。

注・参考資料:

1.離脱協定に添付される文書で、第1篇導入準備、第2編経済パートナーシップ、第3篇安全保障パートナーシップ、第4編制度的アレンジメント、第5編今後のプロセスからなっている。

2.Reuters(2019/03/30)

3.新たな合意は、離脱協定に関する法的拘束力を持つ共同文書と、政治宣言を補足する共同声明の2つである。アイルランドと英領北アイルランド間のバックストップ(安全策)はあくまでも一時的な措置であって、将来関係の土台になるものではないことをあらためて確認し、EU側が不当にこれを永続化しようとすれば、離脱協定の義務の履行を停止することができるとしている。

4.日本経済新聞(2019/03/13)、ジェトロ・ビジネス短信(EU,英国)(2019/03/13)

5.ジェトロ・ビジネス短信(英国、EU)(2019/03/15)

6.European Council (Art.50) Conclusions,21 March2019(Press release)

7.Bloomberg(2019/03/30)

8.Reuters(2019/04/03)

9.Reuters(2019/04/04)

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