一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/05/17 No.428EUの中国戦略(その2)−欧州の中国傾斜、期待感と警戒感とが交錯−

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

EU首脳,中国に「公平」「衡平」「相互利益」を求める

4月9日ブリュッセルで開催されたEU中国首脳会談は、EU側からは欧州理事会ドナルド・トゥスク常任議長(EU大統領)、欧州委員会ジャン=クロード・ユンケル委員長、中国側から李克強首相が出席し、対内投資や産業補助などが議論された。今回の首脳会談は第21回目になる(注1)。

3月の習近平国家主席、4月の李首相と中国指導部のトップ2の相次ぐ訪欧は、異例のことである。その背景の一つには泥沼化した出口の見えない米中貿易戦争がある。中国としては、EUとの関係強化を図り、欧州勢を味方に繋ぎ止め,対米圧力を強める狙いがあった。もう一つは、習指導部が進める広域経済圏構想「一帯一路」の欧州での再攻勢であった。習主席のイタリア訪問の直前の3月21日に開催された欧州理事会(EU首脳会議)で、EUとしての統一的な中国戦略の課題と見直しが議論された。終了後の記者会見でフランスのエマニュエル・マクロン大統領はEUの中核国イタリアを一帯一路構想に繋ぎ止め、切り崩しを図る中国への警戒感を露わにし、EUの結束を呼びかけた。

それにもかかわらず、習氏は、ジュゼッペ・コンテ伊首相とローマで会談し、一帯一路構想の協力に関する覚書に署名した。中国にはG7メンバー国では初のイタリアを欧州における拠点にして本格進出を図る狙いがある。対米関係で苦境に立つ習主席にとっては今回の訪欧の最大の外交的成果となったことは、明らかである(注2)。

他方、中国の通商政策への不満が強いEU側は市場を歪めるような措置の是正と、公平な市場環境の実現を求めていたことから、李首相は、EU側が要求する貿易・投資分野での「公平で、衡平かつ、相互利益的な協力」を確約し、トランプ米政権の「自国第一主義」に足並みをそろえて対抗できるように欧州勢との協調関係を維持する姿勢を示した。

首脳会議後に発表された共同声明では(注3)、双方の投資拡大を図る包括的投資協定について2020年までの妥結を目指すことが盛り込まれた。EU・中国の投資協定は2013年11月に交渉を開始、EUは中国市場に進出した欧州企業が不利な扱いを受ける状況の改善を目指していたが、交渉は停滞していた(注4)。また、EU側が中国の輸出企業に対する国家補助も市場を歪めると問題視していたが、WTO(世界貿易機関)改革の一環として過度の産業補助を取り締まる国際ルール強化の議論に中国が関与することでも合意した。首脳会談では事前の調整で双方の溝が埋められず、共同声明のとりまとめは困難視されていた。中国としては一帯一路攻勢で、警戒感を高める欧州との協調関係を維持するため、EU側に歩み寄ったかたちでの合意である(表1)。

ただ、共同声明では投資協定について、2020年を目標に妥結することで合意したと明記されているが、それ以上の具体的な確約は乏しいし、過度の産業補助に対する国際ルール強化についても、中国は議論に応じる姿勢を見せたものの、実際にどこまでWTO改革に協力するのかは見通せない。また、次世代通信規格「5G」の整備に関する連携や対話を強化していくことで合意した。首脳会談後の記者会見で、李首相は「中国は、公平な競争を支持している」、「中国市場参入についても全ての企業に対して平等な対応をする」と語ったのに対して、トゥスクEU大統領は「産業補助問題で議論することで合意できたのは初めてであり、大きな前進」と評価する一方、ユンケル委員長は「約束は実行されないと意味がない」とクギを刺すなど、EU側の中国に対する疑念は払拭されていない。2020年の次回首脳会議までにどの程度の進展が示せるのか注目したい(注5)。

表1 EU・中国首脳会議の共同声明の主要合意事項合意

合意項目
「国家補助規制の枠組み」「競争環境監視システム」分野の対話についての「覚書」(注1)の推進
「競争政策に関わるEU・中国対話」についての付託事項(注2)の推進
「エネルギー分野におけるEU・中国相互協力」実施に関わる共同声明(注3)
「鉄道運輸分野におけるEU・中国相互接続プラットフォーム」に関わる実務協議(注4)の(第4回)開催
(注1)の推進 「競争政策に関わるEU・中国対話」についての付託事項
(注2)の推進 「エネルギー分野におけるEU・中国相互協力」実施に関わる共同声明
(注3) 「鉄道運輸分野におけるEU・中国相互接続プラットフォーム」に関わる実務協議
(注4)の(第4回)開催 (注1)Memorandum of Understanding on a dialogue in the area of the State aid control regime and the Fair Competition Review System(2 June 2017)(注2)Terms of Reference of the EU-China Competition Policy Dialogue(6 May 2004)(注3)Joint Statement of the Implementation of the EU-China Cooperation on Energy(9April 2019)(注4)Terms of Reference for a Joint Study to identify the most sustainable railway-based transport corridors between Europe and China(8 April 2019)
(出所)欧州委員会プレス・リリース(2019/04/09)

「16プラス1」会議、中国、中東欧と連携強化

ブリュッセルでの定例のEU中国首脳会談を終えた李克強首相は4月12日、クロアチアのドブロブニクで開かれた第8回「16プラス1」首脳会議に出席、会議終了後に協力推進を確認する「協力指針」を発表した。同首相は「一帯一路」を念頭に置いた具体化策として鉄道・港湾などのインフラ整備の推進、それらを利用した貿易拡大化、デジタル経済の促進、イノベーションやエネルギー分野などでの協力を表明した。また、ギリシャも2020年から正式メンバーになることが決まったことで、EU加盟の中・東欧諸国や加盟候補の西バルカン諸国などでは、「一帯一路」連携強化によって中国依存がさらに高まることは確実である。

「16プラス1」は中国と中東欧や西バルカン16か国の経済協力を進める枠組みで、2012年にポーランド・ワルシャワで第1回首脳会議が開催されて以降、第2回(2013年)ルーマニア・ブカレスト、第3回(2014年)セルビア・ベオグラード、第4回(2015年)中国・蘇州、第5回(2016年)ラトビア・リガ、第6回(2017年)ハンガリー・ブダペスト、第7回(2018年)ブルガリア・ソフィアと毎年開催されてきた。中国にとって、これら16か国は自国と西欧とを結ぶ要衝の地域であるとして、積極的に取り込みに動いてきた(注6)。「16プラス1」は事実上、一帯一路の重要な受け入れ機能を果たしており、すでに中国の中・東欧・西バルカンへの投資額は100億ドルに上るとされている(表2)。

これら16か国のうちEU加盟11か国はその他の西欧加盟諸国との経済格差が拡大しており、中国との連携強化に期待が大きい一方、現状では、EUとして統一的な中国などからのインフラ投資や企業買収などの規制措置をとっておらず、一帯一路への協力加盟国政府の権限に委ねられている。中国企業はすでにギリシャ最大のピレウス港湾の経営権を取得しているほか、イタリアのジェノバ港やトリエステ港の港湾整備に協力することが、先の習主席のイタリア訪問時に合意されている。また、セルビア・ハンガリー間では高速鉄道建設が一部で始まり、中国が周辺国のインフラ整備にも協力する(表3)。

イタリアのコンテ首相やハンガリーのオルバン・ビクトル首相、ギリシャのアレクシス・チプラス首相ら首脳が4月25日から27日に中国・北京で開催された第2回「一帯一路・国際フォーラム」に出席、中国との連携強化する姿勢を強めている。

ただ、中・東欧・西バルカン諸国の港湾や空港などの重要インフラ施設で中国企業による買収が進めば、周辺国も含め、EU全体の安全保障に影響が及びかねないとして、独仏などを中心として警戒感が強い。

表2「16プラス1」と「一帯一路」参加状況

参加国(注1)16プラス1(注2)一帯一路
  ブルガリア
  チェコ
  エストニア
  クロアチア
  ラトビア
  リトアニア
  ハンガリー
  ポーランド
  ルーマニア
  スロベニア
  スロバキア
*アルバニア
*ボスニア・ヘルツェゴビナ
*北マケドニア
*モンテネグロ
*セルビア
  ギリシャ(注3)
参加国数16か国(17か国)12か国
(注1)*印はEU加盟候補国、その他はEU加盟国。
(注2)「16プラス1」は欧州16か国と中国を示す。(注3)ギリシャは2020年に正式メンバー国になる。
(出所)執筆者作成による。

表3 中・東欧・西バルカンにおける「一帯一路」関連の主要投資・プロジェクト

産業分野国・地域中国側主体内容・投資額など
航空・空港アルバニア中国光大集団ティラナ国際空港の運営主体(TIA)を買収。買収金額は非公開
海運・港湾ギリシャ中国遠洋運輸集団
(COSCO)
ピレウス港湾公社(PPA)の資本67%を取得。3億6,850万ユーロ
陸運・鉄道ハンガリー・セルビア中鉄国際集団(ハ側)
中国交通建設(セ側
ベオグラード・ブダペスト接続の鉄道路線の改修工事。セルビア側3億5,000万ユーロ、ハンガリー側17億6000万ユーロ
陸運・鉄道クロアチア中国路橋工程(CRBC)ぺリェシャツ橋の建設。20億8,160クーナ(クロアチア側からの提示金額)
航空・空港スロベニア中国建築工程(CSCEC)エドバルド・ルスジャン空港の改修工事。6億6,000万ユーロ
火力発電所ボスニア・ヘルツェゴビナ中国葛洲堰集団トゥズラ火力発電所建設。7億2,200万ユーロ
配電ギリシャ国家電網ギリシャ電力公社(PPC)の送電子会社(ADMIE)株24%を取得。3億2,000万ユーロ
原子力発電所ルーマニア中国広核集団(CGN)チェルナボーダ原子力発電所建設覚書を締結。プロジェクト規模72億ユーロ
火力発電所セルビア中国機械設備工程
(CMEC)
コストラツ火力発電所建設。6億1,300万ユーロ
(出所)ジェトロ「欧州における中国の『一帯一路』構想と同国の投資・プロジェクトの実像」(2018年3月)から作成。

注・参考資料:

1.European Commission-Press release, EU-China Summit: Rebalancing the strategic partnership(Brussels, 9 April 2019,IP/19/2055)

2.「EUの中国戦略(その1)-習近平国家主席の訪欧と「一帯一路」攻勢―(ITIフラッシュ424:2019年4月15日)参照のこと。

3.EU-China Summit Joint statement(Brussels,9 April 2019)

4.ジェトロ短信「在中国・欧州商工会議所.習政権の外資政策に苦言」(欧州、EU,中国)(2018/11/07)

5.読売新聞(2019/04/10)産経新聞(2019/04/10)日本経済新聞(2019/04/10)

6. 日本経済新聞(2019/04/13)。「16プラス1」の詳しい動向については、田中素香「『一帯一路』戦略による中国の東ヨーロッパ進出―『16+1』をどう見るか―」(国際貿易投資研究所(ITI調査研究シリーズNo.67、2018年2月)を参照のこと。

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