一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2003/04/01 No.43_2アラブ系移民を抱える中南米の対米外交(2/6)

内多允
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員
名古屋文理大学 教授

<武力介入と内政干渉を排除してきた中南米>

 9・11事件は中南米の集団安全保障を見直す契機となった。 同地域の集団安全保障のための組織としては、1951年に発足した米州機構(英語名略称OAS)がある。 OASは米国とカナダ、カリブ海諸国、中南米諸国の35か国が加盟する唯一の西半球国際機関である。 OASの目的には侵略に対する共同行動を掲げている。 また、OAS発足前の1947年に採択された米州相互援助条約(リオ条約)は、米州における集団安全保障を定めた。 OASではこのリオ条約の解釈に変更が加えられてきた。 当初は冷戦時代の国際環境を反映して、共産主義の脅威に対抗するための性格が強調された。 しかし、世界が冷戦体制の終焉に向かうに伴って、OASの性格も共産主義の脅威に対決するという当初の性格を変えていった。 明らかに共産主義の進出といえるキューバのカストロ政権の実現に対してすら、OASは軍事介入を実行しなかった。 米国の目論見に反して中南米諸国は、OASによる軍事介入には反対してきた。

 OASの条約ではテロに対する相互防衛についての取り決めは存在しない。 9・11事件後にOASでもテロ対策が議論されるようになった。 従来のOASの集団安全保障条約では、テロを想定した取り決めは存在しなかった。 01年9月21日に開催された米州相互援助条約外相会合で、9・11事件のテロ攻撃を米州全体への攻撃とみなし、 同条約加盟国は米州諸国へのいずれの国に対する今後のテロ攻撃を米州全体への攻撃とみなし、 これに対する脅威に対処するために有効な相互援助を提供することを22カ国が決議した。 同決議に対して米国はリオ条約の存在意義が改めて確認されたことを評価したが、現在は中南米における軍事行動には関心はないと表明した。 同決議を提案したブラジルも「ブラジル政府は国内にテロリストはいないと確信しているが、今後も注意を払う。 しかし、これは国内問題であり、国際会議で議論する問題ではない」と、 集団安全保障の名目による内政干渉になりかねない議論を牽制している。

 中南米諸国では独立後も欧米列強からの内政干渉に苦しんできた歴史が、国家の自主性を維持する知恵を育んできた。 武力では勝ち目のない中南米ではそのための外交政策を練り上げてきた。 これを理論的に裏付ける先駆的な国際法の理論も、南米から世界に広まった。 そのひとつがアルゼンチンの外相で国際法学者であるカルロス・カルボが1869年に発表した著書『国際の理論と実際』で主張した「カルボ主義」である。 これによると主権国家は外国人に対して、 自国民が享受している以上の権利を与える義務がないことや外国人は居住国の政府や裁判所に救済を求める権利が認められるが、 自己の母国に外交的な干渉を求めることを許さない。 カルボ主義は国家主権の不可侵性の理論的な根拠として、中南米各国の法律に取り入れられた。 中南米諸国が結束してあらゆる形態の内政干渉を排除することを合意した例としては、 既に第7回米州諸国会議(1933年)で採択された「国家の権利・義務協定」のなかに 「どの国も他国の内政と外交に干渉する権利を持たない」という条文を入れている。

 このように外国の干渉を排除することに経験を蓄積している中南米の多くの国は、 域外の問題についても内政不干渉の原則を堅持している。 米国が国連決議が無くてもイラク攻撃に踏み切ったことを支持する国は、中南米では少数派である。 ちなみに3月18日に米国国務省が発表したイラク攻撃に支援を表明して国名の公表にも同意した30カ国に、 中南米からは3カ国(エルサルバドル、コロンビア、ニカラグア)が入っているにすぎない。 次にあげるメキシコやブラジル、アルゼンチンも米国の武力行使を批判しているが、これには各国独自の事情も影響している。

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